1:隻眼の強面魔術師
彼のあだ名は、沢山ある。
隻眼の死神に黒い悪魔──それから、「冷血漢を通り越して、血が凍っている」ことから、凍血野郎などなど。
こじらせたあだ名が多いが、本人が自称しているわけではないし、そもそも本人も不名誉との自覚はある。
ただ、そのあだ名の由来になっている性格の悪さを改める気は、さらさらないようであるが。
瀬田クレンは魔術師だ。それも豪腕・辣腕として知られている。
一応腕は確かなのだが、上背があり筋肉質な上に常時ツンツンしており、不機嫌顔を浮かべている。人を寄せ付ける気がさらさらない外見である。
そして表情の通り、実際年中無休で不機嫌なのだ。無駄とルーズが嫌いなため、ロック歌手のようにこの世の大半のことに対して、反骨精神をむき出しにしている。
そして今日も、そんなウニのような魔術師に捕まる、哀れで愚かな悪魔がいた。
スーツを着込んで人間に擬態する、悪魔の胸倉を片手で掴んで、クレンはギロリとねめつける。左側だけ残った灰色の瞳──右目のあった場所は、黒い眼帯で覆われている──には、悪魔を蔑む光が灯っている。
「お前たちの種族性は『無駄』なのか? 大義もなく理想もなく、ただ闇雲に己の好奇心のまま人間界に侵入し、こうして捕縛される。なんともくだらん人生だな」
低くドスの利いた声が、淀みなく悪魔を罵倒した。
青白い肌の、本来の姿に戻った悪魔が、卑屈な笑みを浮かべてクレンを見つめた。
「くだらねぇ人生って思ってくれるなら、おれのことを見逃してくれない? もう悪さはしないからさ」
揉み手までする悪魔の言葉に、スンッ……とクレンから表情が消える。
「そうか。もう悪さはしないのか」
「あ、ああ……真っ当に、人間に紛れて生きるよ」
クレンの変化を訝しみつつも、なおもごまをする悪魔。
しかしここで、クレンの表情が変わる。
笑ったのだ。それも酷く、悪辣な顔つきで。
思わず口をつぐむ悪魔だったが、遅かった。
彼の胸倉を掴む腕に、一層力を込めて、クレンは問うた。
「『もう悪さはしない』──古くからある嘆願だな。しかしそう宣言して、実際に約束を違えなかった奴が、どれだけいると思う?」
「どう、だろう……半分、ぐらい?」
息苦しさから、とぎれとぎれに悪魔が答える。
魔術で応戦しようにも、クレンは彼に魔力封じの腕輪をはめていた。装飾過多なその腕輪のせいで、抵抗ははかない。
呼吸も辛い中で、悪魔は考えていた。
この、黒髪に黒づくめの男の方が、全くもって悪魔である、と。
ここまで考え、ハッとなる。
悪魔のような鬼のような、黒髪の魔術師の噂に覚えがあったのだ。
嫌な予感に、青白い顔をなお青ざめさせていると、滔々とクレンが続けた。
「俺の知る限り、答えは『皆無』だ。人間だろうと悪魔だろうと、一度のしくじり程度で性根が変わるわけではない。故に俺は、お前を見逃さない。観念しろ」
そう宣告しながら、空の左手でジャケットのポケットの中を探る。取り出されたのは、密閉魔術が施された小瓶。いわゆる呪具である。
小瓶に封印されての、魔界へ強制送還。悪魔として、もっともみっともない里帰りの仕方である。
ために悪魔は慌てた。
「待ってくれ、ねえ、待って! 自力で帰るから! すぐ帰るから、それだけは止めて!」
「止めて、何の実りがあるというんだ?」
本気で分からない、と言わんばかりにクレンは首をかしげた。真顔に戻り、訝しげに眉だけを寄せている。
「弱者から金品をだまし取った、お前の罪をなかったことにする──それこそ、最も無意味で無益な行為ではないか?」
言いながら瓶を開封し、その口を悪魔へ向けた。
悪魔の絶叫が、辺りに響き渡る。
瞬く間に、悪魔は小瓶の中へと吸い込まれていった。
再びの不機嫌顔になったクレンが、それの封をきっちり行う。
「そもそも命乞いが、無駄な行為だと分からんのか。愚か者め」
そうぼやき、再び小瓶をジャケットにしまった時だった。
ズボンの後ろポケットに突っ込んでいる、携帯が振動したのだ。舌打ち一つをこぼして、クレンは通話ボタンを押す。
発信者は奥間──魔術管理局の局員だ。
「なんだ奥間。仕事なら終わったぞ」
「あら、丁度よかった」
朗らかな声が、そう言った。
話し方が非常に女性的であるが、奥間は妻と五人の子どもがいる男性で、なおかつおっさんだ。
「次の仕事を頼みたいの。魔術因子検査を、受けない子が一人いてね。その子の保護者を説得して欲しいの」
「くだらん。そんな雑務は、駆け出しの魔術師にでも押し付けろ」
盛大に顔をしかめて、吐き捨てるようにクレンは言った。
魔術因子は、魔術を扱えるかどうかを決める、重要な代物だ。
それは十七歳になると活性化し、因子保有者の体を作り変えるのだ。
そのため知らずに魔術師の才に目覚め、その力で要らぬ禍を振りまかないよう、十七歳を迎えた全国民が因子検査を受けることになっている。
因子検査は災害を未然に防ぐためでもあり、また常時人材不足の魔術師の数を確保するためでもある、とにかく貴重で有意義なものだった。
しかし一方で、やれ「時間や検査費がもったいない」だの「魔術師になるつもりはない」だのと、検査を渋る保護者や受診者本人がいるのも事実である。
クレンの指摘通り、そういった相手への説得は駆け出しの魔術師や、管理局局員によって行われるのが常套であった。
だが
「今回は、そういうわけにもいかなそうなの。ちょっと色々複雑で」
「複雑とは何だ」
「その子……虐待の疑いがあるのよ。手遅れになってからじゃ遅いでしょう?」
クレンの左眉が跳ね上がった。
奥間によると、自宅に連絡を入れても再三無視されたため、仕方がなく件の検査対象者の通う学校へ連絡を入れたらしい。
すると学校側が、虐待がある旨をほのめかしたという。
「残念ながら、対象者は下校しちゃってたから、接触はできなかったんだけど。ね、駆け出しには任せておけない事案でしょう?」
対象者を案じる福福しい声に、クレンは舌打ちをした。
「時間外手当は、規定通り要求するぞ」
「はいはーい」
「語尾を伸ばすな、『はい』を繰り返すな。ガキかお前は」
「やだ、僕ってば若く見えちゃう? これでもアラフォーなんだけど」
「どう見ても四十代後半だ、案ずるな」
「まだ前半ですぅ!」
なおもギャーギャー騒ぐ彼を無視して、通話を終了する。そうしてうんざり、とため息。
「虐待など、無意味で無益で、無駄でしかない」
黒髪をがりがりかき回して、自分の乗って来た車へと向かった。