表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/37

18:その頃、師匠は

 その日のクレンは仕事中も、たびたび上の空になっていた。

 ミアンは無事に友人と仲直りできたのか、と折に触れて考えてしまうのだ。

 謝ることはできたのか。

 小娘から、避けられたりはしていないだろうか。

 万が一仲違いしてしまったとしても、ミアンがクラスで、孤立しないといいのだが。

 そんなことを、つらつらと思案していた。


 そしてその度に、我に返って自己嫌悪をする。もちろん、今この瞬間も。

「いかん、俺としたことが。仕事中に些事(さじ)に囚われるとは……それも、弟子に(うつつ)を抜かすなど、あってはならないことだ」

などと、ぶつぶつ呟き自省。

 今は仕事中である、と更に己の頬を、一つ打って戒める。

 そんな彼を、恐々見つめる警察官二人組と、興味津々に見つめる手錠──と魔力封じの腕輪をかけられた男。

 彼らがいるのは、とある雑居ビルの裏路地だった。


「どうしたの、お兄さん? 恋の悩み?」

 ダブルの手枷をかけられ、警察官に挟まれた男が、クレンへ能天気に声をかけた。

 血まみれになった状態で、サメが泳ぎ回る海へ飛び込むレベルの無謀さである。己の無知と無謀さに気付かず、男は続けた。

「恋の悩みなら、いいおまじないグッズ売ってるよ」

 男は、まじないグッズどころか、呪具を密売する違法魔術師だった。クレンと警察官に摘発され、こうしてお縄についているのである。


 自身が忌み嫌う人間の一人である、「法の逸脱者」の軽口を無視するクレンではなく。

 当然いつもの如く、悪鬼の表情に変わる。

「何が恋の悩み、だ! 下法(げほう)のクズ野郎め、己の立場をわきまえろ!」

 大股で肉薄してからの、迷いのない蹴りが繰り出され、男の顎を強打した。

「ふげっ!」

 大きくのけぞって、男は倒れる。警察官が止める間もない動きだった。

 倒れたその頭をグリグリと踏みにじって、クレンは悪辣(あくらつ)ににらみつける。

 彼の鬼気迫る圧力が、警察官たちに制止の声を飲み込ませた。下手に男を助けようものなら、自分にも被害が及びかねない、と彼らの本能が訴えているのだ。


 頭を踏みながら身をかがめ、クレンは男へささやく。

「屈託のないふりをするのは止めろ。貴様が呪具を密売し、呪殺に加担したことは分かっているんだ」

「いででっ……グリグリしないで! 頭蓋骨が削れる!」

「ふん。どうせ空っぽの頭だろう? 軽くなってむしろ、好都合ではないか」

「いやいや、中身入ってますから! ギューギューに詰まってますんで! というか、呪具とか言われてもなんのことか、僕にはさっぱりですが?」

 手慣れた犯罪者らしく、男は屈託ない表情を懸命に作り上げ、全力でとぼける。

「僕が売ってたのは、恋のおまじないのチャームなんですけど。呪殺なんて、初耳ですよ」

「ほう、初耳か? だが、それにしては妙だな」

 にたり、とクレンは笑んだ。荒事に慣れている警察官たちと、そして犯罪者の男がゾッとするほどの笑顔だ。


「押収された呪具から、お前の魔力の痕跡がべったり出てきているぞ。実に不可解だな」

「なんで、そんなことが分かって……」

 ここで男が、ハッと目を見開く。視線の先にあるのは、クレンの眼帯だった。男はわなわなと震えた。

「ひょっとして、あんた……あの、隻眼(せきがん)の死神さん……?」

(はなは)だ不本意なあだ名だが、そう呼ばれることもあるな」

 クレンの悪名は、悪魔だけでなく法を犯した魔術師の間でも有名らしい。


 お愛想の笑顔を浮かべることも忘れ、男は力なくうめいた。全身も弛緩(しかん)する。

「うわー、最悪……逃げ場ねえじゃん……」

「ようやく事態を把握したか、愚か者め」

 ふん、とクレンが鼻を鳴らした時だった。

 ジーンズの後ろポケットにいつも通り突っ込んでいる、携帯が振動した。

 グリグリと頭をにじりながら、クレンは携帯を取り出す。


 メッセージが一通来ていた。差出人はミアンだ。

《リコちゃんと、無事に仲直りできました》

「ほう。やるじゃないか」

 はにかむミアンの姿を脳裏に思い浮かべながら、小さくつぶやいた。メッセージはまだ続いている。

《ちょっとご相談したいことも発生したんですが、おおむね上手くいきました。あと、お弁当も喜んでもらえました。ありがとうございます》


 ミアンは律儀だ。弁当を作ってもらったクレンの方こそ、感謝すべきなのに。そもそも仲直りの方法を考えたのも、実践したのも彼女本人だ。クレンは何もしていない。

 そんな律義さについ、クレンも微笑む。先程とは打って変わって、穏やかな笑顔だ。


 ただ問題は、彼が違法魔術師の頭をギュリンギュリン踏みにじっている最中、ということだった。

「あだだだ! 耳もげるから、止めて! いや、マジでもげちゃう! 耳なし芳一になっちゃう!」

 男の悲鳴が上がる。

「ひぇっ……人を踏みながら笑ってやがる……」

「恐ろしい……聞きしに勝る悪魔ぶり……」

「俺たちだって、こんなこと出来ないよ……」

「マジでおっかないよ……」

 そして警察官たちも抱き合って小刻みに震え、彼の悪辣残虐なその姿に恐れおののいた。

 まさか弟子からのメッセージに心がほっこりしているとは、到底思えぬ絵面であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ