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17:仲直り

 その日の朝、ミアンはいつもより早く起きた。身支度を整え、三人分の弁当をこしらえる。

 それにつられたのか、珍しくも早めの時刻に起床したクレンからは

「寝込みを襲う算段か?」

と、闇討ちの線を再び疑われた。ミアンは、大慌てで否定する。

「ちっ、違いますっ」

「なんだ違うのか」

 気のせいだろうか。いや、気のせいではない。残念そうである。不機嫌顔が少しだけ、つまらなそうにしかめられた。

「闇討ちじゃなくて……リコちゃん、朝早く学校に来てるから、早く謝ろうと思って」

「なるほど。暇を持て余しているのだな、小娘は」

 それを言っちゃおしまいの感想を、寝ぼけ眼のクレンは口にした。寝ぼけていようが、その舌鋒(ぜっぽう)は鋭い。


 そんな彼の右目に、眼帯はなかった。痛々しい傷跡が露わになっている。

 いつもは寝起きだろうが風呂上がりだろうが、眼帯が外れることはなかった。

 少し心を許してもらえた気がして、ミアンの胸は高鳴った。

 そもそも彼は、黙っていれば格好いいのだ。あくまでミアン目線で、あるが。奥間からも

「悪人面で、実際中身も悪人すれすれよ」

と評されているが。


 ともかく、傷跡の一個や百個程度で、ミアンの中の想いは揺さぶられたりしない。

 真心こめて弁当を作ったミアンは、クレンに見送られて家を出た。

 幸いにして、新居から学校までの距離は、今までよりも短くなっていた。管理局が気を遣ってくれたのだろうか、と思うとありがたい限りである。

 ぎゅうぎゅう詰めの電車に三駅乗って、最寄り駅に到着する。

 そして学校までの、坂道を上る。

 途中で見慣れた、茶髪を一つにまとめた後姿を見つけた。リコだ。

 ミアンはその背中へ駆け寄った。

「リコちゃん!」

 張りつめた声で呼びかけると、背中が強張った。足も止まる。無視されなかったことに、ミアンは安堵を覚える。


 立ち止まった彼女の隣に並ぶと、まっすぐ前を向いたまま、リコは口を開いた。

「……何よ」

 その横顔は怒っているというより、すねていた。

「昨日はきついこと言って、ごめんね。あと、これ……」

 鞄の中から、大判のハンカチに包んだ真新しい弁当箱を取り出す。涼しげなリコの顔が、ちらりとこちらを向いた。

「それって……」

「うん。お弁当。これぐらいしか、お詫びの方法が思い浮かばなくて──え?」

 へどもどと言い訳する彼女の眼前に、コンビニの袋が突きつけられる。


 リコと袋を交互に見ると、彼女は少し困ったように口を尖らせていた。

「お詫びの品。さっき買ったの……私も、いっぱい酷いこと言って、ごめん」

 袋を受け取って、中を見る。中に入っていたのは、チョコレートだった。

 ミアンの好きなメーカーの、新作である。

 自分の好きなものを知ってくれている。そのことが、一番嬉しかった。ミアンの強張っていた顔がほころぶ。

「ありがとう、リコちゃん。昨日は本当にごめんね?」

「ミアンは悪くないよ、私が無神経だった! ほんとにごめん!」

 バッと両手を大きく広げたリコが、彼女を体全体で抱きしめた。


「わっ……」

「ごめんね、ミアン! 嫌いにならないでー!」

「ならないよ……リコちゃん、大袈裟だよ」

 リコの肩に頭を預け、ミアンは彼女の背中を優しく叩いた。

 しばらく微動だにしなかったリコであったが、その内もぞもぞと動き始め、そしてミアンのうなじに顔を突っ込んでフガフガと呼吸を始めた。

「うー……ミアンって、いい匂いがする……あー、たまらんっ」

 温かい吐息が、首にかかってくすぐったい。


 くすぐったいのだが、

「ごめん、リコちゃん……ちょっと怖い、かも」

それ以上に捕食されるような恐怖を覚えた。

「おっと、ごめん。つい夢中になって」

 首筋から顔を離したリコは、肌が艶々していた。元気になったのなら、ひとまずは何より、かもしれない。

 しかし同じ学校に通う学生たちからは、いぶかしげな目で見られていた。

 気恥ずかしさを覚えつつ、艶やかになったリコと並んで、学校への道のりを再び歩き始める。


 十メートルほど歩いたところで、リコはミアンの顔をのぞきこんだ。

「あのさ、ミアン」

「なあに?」

「……あのおっさんのこと、本気で好きなの?」

 リコは直球だ。いつだって。

 つい、ミアンは笑った。照れ臭さと、リコの単刀直入ぶりへの愉快さが混じった笑みだ。

「うん。一目惚れなんだ」

 リコが渋面(じゅうめん)になる。

「ミアンって、目悪かったっけ?」

「視力はいいよ。というか、顔で好きになったんじゃないの。あたしのために怒ってくれて、そのことが嬉しかったの」


 ミアンを背に庇い、伯父を怒鳴りつける姿はおっかなくもあった。

 だが同時に、自分を「見なかったことに」しないどころか、自分の手を取り、引き起こしてくれたことが嬉しかった。

 もちろんその親切が、魔術師としての義務に基づく行為だということも、十分に承知している。

「あたしの片想いで、師匠は犬猫を保護したぐらいの気持ちだってことも、分かってる。でも、それでも好きなの」


 そう言ってはにかむ友人に呆れるでも、感心するでもなく、リコは憤怒した。

「……そんなのおかしい」

「え?」

「ミアンみたいな美少女をはべらして、ついでに心まで盗んでおきながら、何よそれ! あんな癇癪(かんしゃく)オヤジで青春を浪費するなんて、間違ってる!」

「癇癪おやじ……」

 ひどい言い草である。しかしクレンもリコのことを、終始一貫して「小娘」と呼んでいるので、お互い様かもしれない。


 案外似た者同士なのかも、と考えているミアンの手を、リコがぎゅっと握った。鼻息荒く、リコは彼女に迫る。

「合コンしよう、ミアン!」

「どうしてそうなるの」

「もっと若くて、活きのいい野郎を見つけたら、あんなおっさんなんてどうでもよくなるから!」

「どうでもよくは、ならないと思うけど……」

 なにせ初恋である。


 しかし、一度言い出したら、リコは強情なのだ。

「きっと気が変わるって。ちょうどうちの部のOGがさ、合コン相手探してるんだ」

「あたしは別に、恋人が欲しくて師匠を好きになったわけじゃないんだけど……」

 子供だからと相手にしてもらえないことは重々承知で、それでも、気持ちにブレーキをかけられずに彼の服を掴んだ結果が現在なのだ。特に将来への野望などない。

 しかし、そんなミアンの主張など、聞き入れてもらえるはずもなく。

 リコは早速、OGへメッセージを送っているのだった。

──もし合コンに行くって言ったら、師匠はどうするかな?

 心配してくれるだろうか、それとも怒ってくれるだろうか、とつい(よこしま)な希望を抱いてしまい、ミアンは恥ずかしくなってうつむいた。

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