13:非番の魔術師
魔術師の休みはカレンダー通りではない。むしろ、一般社会が休みとなる土・日・祝日にこそ、依頼が舞い込みやすいのだ。
ためにここ最近、休みなしであった。
そんな社畜じみたクレンにとって、今日は久々の非番であった。ミアンもただいま学校にいるため、家で一人のんびりするのも久しぶりである。
仕事に、ミアンへの特訓に、とここ数日はかなり多忙だった。
しかしその甲斐もあって、ミアンの魔術の成功率も精度も上がりつつある。そもそも彼女は、覚えが早い。
自由な時間を使っての掃除に勤しみながら、しんみりと彼女の成長に達成感を抱く。
自分の魔術を、自在に操れるようになってきたのだ。
そろそろ、新しい魔術を教えてやる頃合いなのかもしれない。
窓を磨きながらそんなことを考え、次の瞬間に我に返る。
──俺は、彼女の仮の師匠でしかないんだ。
実践的な内容は、正式な師匠から教わるのが筋ではなかろうか、と次いで考えた。
いや、そもそもいつまで彼女の師匠でいなければいけないのだろうか。
管理局は、彼が仮師匠であることを忘れてはいないだろうか。
むくむくと、嫌な予感がこみ上げて来たクレンは、ローテーブルに置きっぱなしにしていた携帯を、思わず手にした。奥間に連絡を入れるためだ。
しかし彼が画面を起動した途端、通知音が鳴った。同時に、新着メッセージの案内表示が出る。
差出人は、ミアンだった。
忘れものでもしたのだろうか、と考えてメッセージを開く。
自業自得、と無視をしてもよかったのだが、万が一にも「怪我をした」や、「急な病でぶっ倒れた」といった連絡である可能性もある。年長者として、そして仮とはいえ師匠として、それらを無視することはクレンの沽券が許さないのだ。
幸いにして、ミアンのメッセージは緊急性の高いものではなかった。
ただその代わり、よく分からない内容であった。
《焼き肉屋さんに行ったことを友達に話したら、師匠に会いたいと言われました。今日、家に連れて行ってもいいでしょうか?》
前後の脈絡が、意味不明である。
クレンは思わず、一人で首をかしげた。
ミアンは頭がいいので、脈絡が不明瞭な会話をする人間ではない。ということは、本人にも何故そうなったのかが、理解できていないのだろう。
しばし考えた末に、クレンはこう返信した。
《俺は会う必要を感じていないが》
淡白過ぎる返信であるという自覚もあったが、なにせ意味が分からないのだ。
また、年頃の見知らぬ少女相手に、一体何を話せというのか。時候の挨拶ぐらいしか思い浮かばない。
返信して、クレンは本来の目的である奥間へ電話をかけた。
幸いにしてすぐにつながった。
「どうしたの、クレン君。ミアンちゃんと喧嘩したの?」
「するか。良好な関係を築いているに、決まっているだろう」
「相変わらず自信満々なんだから。それで、どうしたの?」
「守賀の師匠のことだ。女性魔術師の空きは、見つかったのか?」
「残念ながら、まだなのよ」
ため息混じりの返答だった。
声の調子や、すぐの回答である点から、師匠探しを疎かにされているわけではない、と判断する。
「そうか」
ごめんね、と奥間は続ける。
「何人か打診してるんだけど、どこも複数人のお弟子さんを抱えててね。『これ以上はちょっと……』って、渋られちゃってるのよ」
それなら自分が正式に引き受ける──と言おうとして、寸前で思いとどまった。
そのことを考えた瞬間、右目のあった箇所が痛んだのだ。眼帯の上から押さえ、感情を押し殺した平坦な声を発する。
「分かった。引き続き、頼む」
「うん。クレン君も、悪いけど引き続きお願いね」
「ああ」
特に実りもないまま、通話は終了した。
しかし落胆は、意外にもさほど感じない。むしろその事実に、思わず落胆してしまったほどだ。
彼女の面倒を見る自信も気骨もないくせに、ただほだされるだけの己が嫌だった。
軽く自己嫌悪に襲われていると、再び通知音が鳴った。
ミアンからのメッセージだ。
《師匠からのメッセージを伝えたら、ふざけんな!って怒っちゃいました。止められそうにないです。ごめんなさい》
「何故そうなるのだ」
誰に言うでもなく、思わず零れ出た言葉だった。
そもそも、焼肉の話を聞いて会いたいというのは、どういう理屈なのか。
始点からして、意味が分からなかった。クレンは時間の無駄だと思いつつも、腕を組んで考える。
──自分にも肉をおごって欲しい、という意味合いだろうか。いや、顔も合わせたことがない人間に、飯をたかる輩がいるか? さすがにいないだろう。そもそも、そんな奴とミアンが友人になるとは考えられない。
しかし考えても、らちが明かなかった。
お手上げであると同時に、「会って本人に訊けば、手っ取り早いのでは?」という結論に至る。
そして結局、こう返信するのだった。
《何時に連れ帰る予定だ?》
と。
奥間がこのやり取りを知れば、
「あらあら! 凍血君も、すっかり丸くなっちゃって!」
などと言って喜んだことだろう。
しかし本人は不本意であると同時に、未だ謎を抱えたままであるため、何とも渋い凶悪面を浮かべていた。
「……そうだ。茶菓子も準備しなくては」
その顔のまま、お客様を出迎えるための、非常に建設的な考えを思いついていた。