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10:ご褒美焼肉

 廃屋を不法占拠していた悪魔も封印し終え、クレンたちの仕事は無事終了した。

 奥間は誰かに電話をしながら、ペコペコと頭を下げていた。

「いえ、それはうちの仕事ではないので──ええ、はい、すみません。門の鍵だけはかけておきますね。ええ、はい」

 どうやら、屋敷の持ち主と通話中であるらしい。

 その様子を見守りながら、クレンとミアンは各々体についた粉塵を叩き落とす。

 クレンのレザーのジャケットと黒のズボンも、ミアンの上下濃紺のブレザーも、それぞれどこか灰色っぽくなっていた。しかし互いに手伝いつつ叩き続けて、どうにかマシな状態に戻す。


「この粉塵は、今後の課題だな。ここまで威力があるとは、正直想定外だった」

 ぽつりとそうこぼすと、今度はミアンがペコリと頭を下げた。

「ごめんなさい。あたしのせいで、こんなことに……」

 しょげている彼女を、クレンは不機嫌顔で見下ろした。

「いちいち謝るな。今回魔術を発動させたのは、俺だ。お前に何の落ち度も責任もない。なんでも謝り過ぎていると、お前の誠意も軽くなる」

「は、はい……ごめ──」

 また反射的に謝りかけた彼女を、一層強くにらみつけると、言葉が飲み込まれた。

「──ありがとう、ございます」

 ややぎこちなくそう言った彼女に、小さく笑いかけた。ミアンも安堵したようにふにゃり、と微笑む。


 クレンは改めて、ミアンの出で立ちを眺める。今度は自然と、苦笑がもれてしまう。

「制服も、洗濯した方が良さそうだな」

「そうですね。ちょっと埃っぽいかもです」

 ミアンもスカートをちょいと摘み上げ、同じように微苦笑した。

「洗濯機で洗えるのか?」

「手洗いか、ドライクリーニングなら大丈夫です。いつも、手洗いしていましたし」

 彼女はあっけらかんとそう言うが、制服の上下を手洗いするのはなかなか大変ではなかろうか。この世界には、それを代行する文明の利器があるというのに。

「家の洗濯機を使え。手洗いモードがあったはずだ」

「でも……こんな汚れた制服を入れたら……」

「汚れものを洗うのが、洗濯機の役割だろう。むしろ洗わせてやれ」

「はい。ありがとうございます」

 ぷっと噴き出しながらも、彼女もうなずいた。


 そこへ電話を終えた奥間も、会話に割って入る。

「持ち主さん、壁を破壊したって言ったらびっくりしてた」

「だろうな」

 むしろすんなり受け入れられた方が怖い、と考えながらクレンは首肯する。

「それで『ついでに、屋敷全部解体してもらえませんか』って言われちゃったから、それはお断りしておいたわ」

「当たり前だ。こんな広い屋敷、二人がかりで解体してたまるか」

「あたしも、心臓持ちません……」

 クレンに背後から抱き着かれたことを思い出したらしく、赤い顔でミアンも慌てる。それを、奥間がなだめた。

「まあまあ。ちゃんとお断りしたからね。というわけで、ご飯行かない?」

「こんな薄汚れた格好でか?」

 眉間にしわを刻んで、クレンはしかめっ面を浮かべた。


 そんな彼へ、奥間はにんまり。

「それなら、ご飯を食べれば、お洋服が汚れちゃうお店に行けばいいのよ」

「あるのか、そんな店」

「焼肉屋さん! ミアンちゃん、どう? 今日は僕のおごりで」

 クレンに意見を求めれば、十中八九渋られると判断したのだろう。奥間はミアンという砦を攻めた。その判断は、ものすごく正しい。

 ミアンはというと、双眸をキラキラさせて、奥間を見ていた。

「焼肉、初めてなんです……」

「え、そうなの?」

「はい。伯父さんたちが行くときは、いつもお留守番だったので」


 この打ち明け話が、おっさん二人の心を打ち抜いた。

「シンデレラか、お前は!」

 熱くなる目頭をごまかすように、より一層怖い顔になったクレンが叫んだ。

「行こう、焼肉屋さん! 行こう!」

 うるうるの瞳になった奥間が、ミアンの背を押してクレンの車へと向かわせる。

 そして三人で乗り込み、奥間行きつけの焼肉屋へと向かった。


 幸いにして座席は空いており、四人掛けのテーブル席にすんなり通された。クレンとミアンが隣り合って座り、その向かいに奥間が座る。

 また顔見知りということもあって、薄汚れた格好で行っても嫌がられなかった。代わりにおしぼりを貰い、顔や手を拭うことが出来たぐらいだ。


 ただ、一つ懸念事項があるとするならば。

 寿司に焼き肉──奥間の差し入れやおごりがハイカロリーなものばかりであり、クレンたちも自分と同じ体型にするつもりだろうか、という疑いがあることだった。

 とはいえ、ミアンが目に見えて浮かれているため、その懸念は口にしない。


「守賀、好きな部位を頼め。どうせ奥間のおごりだ」

 言わない代わりに、そう言って食べ盛りを煽った。

 しかしミアンは、眉を八の字にして困っている。

「お肉に詳しくないから、部位がよく分からなくて……あ、師匠の好きな部位は?」

「ロースとハラミ、それからミノだ」

「じゃあ、あたしもそれがいいです」

 そんな決め方でいいのだろうか、と一瞬思うも、本人が満足そうなのでよしとした。


 奥間もメニュー表にかぶりついて、店員へガンガン注文をかける。自腹だからだろう、遠慮なしだ。

「上ロースと上ハラミと上ミノに、上カルビとランプとイチボとツラミをそれぞれ三人前ね。サイドメニューはナムルとキムチ盛り合わせ、クッパ、石焼ピビンバで……あ、それから厚切りタン塩も! ミアンちゃん、タン塩も美味しいよ」

「あ、タン塩は聞いたことあります。友達が美味しいって」

 知っている部位があることが嬉しいらしく、ミアンの表情が明るくなる。


 テーブルの真ん中に設置された、鉄板の火を点けながら、クレンはふと沸いた疑問を口にした。

「女はタンが好きだよな。何故なんだ?」

 注文を終え、三人の小皿にタレを注ぎ入れながら奥間が答える。

「淡白だけど結構脂も乗ってる、そのギャップに萌えちゃうんじゃないかしら」

「……お前は肉の代わりに、脳みそでも焼いたのか?」

 哀れみのこもった眼差しで、クレンは向かいの奥間を見た。

 これに奥間が憤慨する。憤慨しつつも、配膳されたウーロン茶を二人にも配る。

「やめてよぉ! その、可哀想なものを見る目! ひどい!」

「酷いのは、お前の発想だ」


 ミアンは二人のやりとりを、微笑ましげに眺めていた。そうこうする内にまずタン塩が届いたので、ミアンがトングを持って鉄板に並べていく。

 そして丁度いい塩梅に肉が焼けたところでひっくり返し、その間にレモン汁を人数分絞って小皿に注ぐ。

 その様子を、男二人はじいっと眺めていた。


 タン塩を各人の皿へ配り終えたところで、とうとう我慢できずにクレンが尋ねた。

「おい、守賀」

「なんでしょう?」

「お前、焼肉は初めてなんだよな?」

「そうですよ」

「なんだその、手際の良さは」

 きょとん、とミアンは目を丸くする。

 その顔を見つめ、奥間も笑った。

「ほんと、うちの奥さんみたい。ミアンちゃんって器用で気遣い屋ね」

 なおタン塩の焼き加減も、ばっちりであった。玄人の仕業である。

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