メイビーストアで学ぼう
『メイビーストア』シリーズの第2弾です。
『メイビーストア』で面接を受けた翌日。今日は土曜日である。午前の一コマ目の講義が休講となった為、俺は時間を持て余していた。宿題のレポートは全て終わらせてあるし、購入した教科書の類は此処一ヶ月で一通り読み終えてしまっている。その上、気軽に遊びに誘えるような友人もまだいない。かなり暇だ。現在時刻は午前八時四十分。初の勤務開始時間までの五時間二十分をどう使うべきか。俺は悩んだ。
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此処はまず、初出勤に備えて必要なものを揃えよう。まさか面接の翌日から出勤する事になるとは思いもかけず何も用意できていない。天橋店長は勤務の際に必要な持ち物は特に無いと言っていたが、言われずとも用意すべき物というものもあるだろう。俺は母に電話した。
「え?バイト初日に必要な物?そんなの、バイト先の人に聞きなさいよ。無いって言われた?なら手ぶらでいいじゃない。こっちだって忙しいのよ。まあ、教えられた事を忘れないようにメモ帳と筆記用具くらい持っていけば?」
ブチ切りされる直前まで、俺の耳にはやけに情熱的な韓国語が聞こえていた。
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とりあえず、アパートから歩いて一分。全国展開している有名なコンビニエンスストアまでやってきた。もちろん、バイト用に新しくメモ帳を買う為だ。自分が働くコンビニでも売っているだろう商品を別のコンビニで買うことに少々疚しさを感じたが、百円二百円の商品をたった一つ買う為に往復一時間弱の距離を歩く気にはなれない。かといって、出勤ついでに買おうとして万が一売り切れであったら不味い。何事も余裕を持って準備しておくべきである。備えあれば憂いなし!ついでにコンビニでの仕事がどんなものかもよく観察しておこう。
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「ありがとうございましたー」
店を出て早速、購入したばかりのメモ帳に観察結果を書き記す。コンビニの仕事。店内清掃・レジ接客・商品陳列・中華まんや揚げ物等の作成・搬入された商品のチェック。
さすがにスタッフオンリーと書かれた扉の中まで見ることは出来なかったが、ざっとこんなものだろう。携帯電話で確認すれば今は12時40分。家に帰って昼飯を食べれば、バイトに行くのに丁度いい。ふと振り返れば、立ち読みしながら観察していた店員が不審そうに此方を見ていた。
暫く、このコンビニに来るのはやめておこう。
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最初の仕事は何だろう?やはり、一番簡単そうな店内清掃あたりだろうか。
メイビーストアへと歩みを進め、メモを見ながら考える。約4時間、コンビニ仕事を観察したが単純作業ばかりであった。高校生でも気軽に出来るバイトとあって、難なくこなせる自信はあるが身構えてしまうのは仕方ない。なにしろ人生初のバイトなのだ。うっかり商品を落としたりして失敗したらどうしよう。悶々としているうちにメイビーストアに着いてしまった。
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いよいよ初出勤だ。若干緊張しながらメイビーストアの自動ドアをくぐる。
「あ、竹林君!おはよー」
朗らかに挨拶してくれたのは、面接の日も立ち読みしていた女の子、水沢さんだった。
本当の名前は竹中なのだが、強引な店長に竹林と渾名を付けられてしまった。
店長から既にその話を聞いていたのだろう。
どうやら俺は、此処では竹林と呼ばれることになるらしい。
「おはようございます、水沢さん」
若干の諦念を抱きながら俺は水沢さんに挨拶を返した。
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今日の水沢さんは、淡い水色のワンピースにオレンジのベルトが鮮やかだ。
手にしているのは少年漫画の新刊で、開いたままのページによれば半分程読み進めたところだったらしい。
水沢さんはこれから勤務だろうか?もう終わったところだろうか?
もしかしたら、水沢さんが仕事を教えてくれるのかもしれない。
「水沢さんも、これから勤務?」
そう問いかけると水沢さんは首を横に振った。
「もう勤務中だよ?」
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どう見ても、水沢さんは立ち読み中だ。聞き間違えたかな。
「立ち読み中…だよね?」
「うん。これが仕事だから」
「え?これが…」
俺が尚も聞き返そうとしたその時、横から唐突にタレ眉吊り目の天橋店長が顔を覗かせた。
「竹林君、もう来たの?君、いつも早いね」
目を見張る店長だが、今は勤務開始の15分前である。
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「それで、君はどんな仕事がしたいの?」
先ほどの水沢さんの話が気になりつつも事務所にて、天橋店長と向かい合う。
勤務初日にまさかそんなことを聞かれるとは思わなかったが、覚悟を決めて口を開いた。
「どんなお客様に対しても、親切で丁寧な接客を心がけ、何事にも真摯に取り組み、周りから信頼を得られるような仕事をしたいと思っています」
これは、面接対策として考えた、志望動機に対して細かく質問された場合の受け答えのひとつである。
「君、変わってるね~」
しかし、店長の反応は何とも腑に落ちないものだった。
◆◆◆
「じゃ、仕事内容はそれで良いとして…」
「え?」
それで良いってどういうことだ?まだ何の説明もされてないというのに。
「お客さんが来るまで店を案内するよ。道具の保管場所とか分からないと困るでしょ?」
「は、はい!よろしくお願いします!」
店長に向けて勢い良く下げた頭を元にもどすとノック式のボールペンとメモ帳を構える。
こうして、訳が分からないまま俺の初仕事は始まるのだった。
偶然にも、『メイビーストアにようこそ』を投稿してからちょうど7年。
運命を感じます( ̄ー ̄*)