SIDE:アイリーン─魂の選別と祝福─
読まなくても、影響ない小話です。
アイリーンの死を悼むように、空はどんよりと重く暗く濁っていた。
「よっ! 今日は冷えるなぁ。お嬢さん、アイリーン・ベルチェの魂で間違いないか?」
「あら? 誰ですの? 私のことを知っていて?」
黒い男はマントを翻し、丁寧なお辞儀をする。
「これは失礼。私は死神、死霊管理人のセブランだ。」
死神セブランは、食い入るように見つめてくる。
「これはこれは…ネットワークの情報通りの高潔な真っ白な綺麗な魂だ……! 死に至る原因や人を恨むことなく、綺麗な魂っていうのは、珍しいんだよなぁ。残す価値がある、と思うんだよなぁ。
お嬢さんは死してなお、この国に役立ちたいんだな?」
──二カッ!
セブランは白い歯を見せ笑った。黒ずくめで怪しい出で立ち、美しい顔の割に気さくな性格のようだ。屈託のない笑顔を見せる。
「──当たり前ですわ。肉体だけでなく、この魂も役に立つのであれば……出来ることなら国を見守りたいと思っておりますの。死後の世界は……その……存じ上げませぬが……」
目の前の男を警戒し、訝しがりながらも答えた。とはいえ、どうもこの男は信用するに値すると思った。
死神セブランは、満足そうに笑って頷いた。
「よーしよしよし! ネットワークの情報通りだ。可愛いお嬢さんのその高潔な意思、確かに受け取った。その願い叶えようではないか。
───おい、セルジュ! このお嬢さんに祝福を!」
死神セブランが黒いマントを脱ぐと、マントはひとりでに浮かび、アイリーンの視界を塞ぐように広がった。
そして、セブランがマントに手をかざすと、マントの裏地に描かれた魔法陣が金色に光り輝いた。
───死神セブランの名において、アイリーン・ベルチェの魂をこの世に残すべき高潔な魂と認める! 精霊王セルジュの元へと飛べ───
魔法陣が光り輝くと、転移魔法が発動された。
-----
みずみずしく草木が生い茂り、色とりどりの大輪の花が咲き乱れる。先程の寒空とは対照的な空間にアイリーンは飛ばされていた。
「──ここはどこなのかしら……? とっても綺麗な場所……」
「ここに直接魂が来るのは久しぶりだな。
──我は精霊王セルジュ。死神セブランの選別した魂の紹介、しかと引き継いだ!」
灰色の髪と髭、射るような鋭い眼差し、頑強な体付きの壮年の男性が現れた。
しかし、ぽわぽわと温かみのある精霊の淡い光を帯びた様子はとても神々しかった。
「──アイリーン・ベルチェと申します。精霊を束ねる偉大なる精霊王セルジュ様にお会いできるなんて、至極光栄にございます」
生前の礼でいいのだろうか、と思ったが、アイリーンはドレスの裾をつまみ、典雅な礼をしてみせた。
「ふむ。顔を上げよ。お主の魂は、若くして死に至っても、恨む心や羨む醜い心で穢れず、白く輝いておるな。……セブランが選ぶわけだ。──して、お主の願いはなんじゃ?」
緊張しつつ、精霊王の目を真っ直ぐ見た。
「精霊王様、恐れ多くも申し上げます。
……私は、ベルナルディ王国宰相の娘、ベルチェ家の者として、この国の発展と幸福を一番に祈ってまいりました。しかし、肉体はいずれ聖女様の器となります。
死してなお、肉体がこの国の役に立つのは本望ですの。ですが、叶うならばこの精神もこの国に役立てたいのです。私の生前の記憶も、きっと聖女様のお役に立つでしょう……!
聖女様に記憶を渡すまで、この魂、この世に置いておきたく──『よいだろう!』」
精霊王はアイリーンの頭上に手をかざす。
───精霊王セルジュの名において祝福を授ける。この者の魂の高潔さに誉れを! "光の精霊ルミナス" となり、永くこの国を照らすように!───
その瞬間、暖かな金色の淡い光に包まれ、光の精霊ルミナスへと生まれ変わった。
-----
──初めて会ったアイリ様は、不思議と親近感が沸いた。
「可愛いらしく……でも、芯のありそうな女性でしたわね──」
自分と同じく、陛下に振り回されたアイリへの同情もあったのかもしれない。それでも、大好きな兄と幼馴染みで、自分のことも可愛がってくれた優しいカミーユ様。
──ちょっとくらい、大好きな "運命の人" に振り回されてみたらいい。
「私の仕事はこれで終わりですわね。アイリ様どうかこの世界で少しでも楽しく過ごせたらいいですわね……!」
加護により力を使い果たし、疲れていた。アイリーンの姿として保てない。
───こうして疲れ果てた私は眠りについた。