アイリ、舐められないようにする
──パタパタっ……ワンっ!
大きな人懐こい黒いラブラドールレトリバーが、じゃれついて追いかけてくる。
ひたすら走って逃げる。
犬は大好きだけど……この犬の距離感……怖いんですけど……っ!
──ボンッ!
『アイリ様! 僕と結婚してくださいっ!』
「いやぁぁぁぁ! こっちこないでええええ」
──ぱちっ。
「はぁっ……はぁっ……」
めっちゃくちゃ、嫌な夢を見た。
黒い大きな犬に追いかけ回される夢。
ラブラドールレトリバーみたいな人懐こい可愛らしい犬だったが、ずっと追いかけ回された。
最後は、黒いラブラドールレトリバーから、あの黒髪イケメンに変化して追いかけられた。
──これからお茶会……! 憂鬱だぁぁぁぁぁ!
「──お嬢様? 大丈夫ですか?」
エミリーが心配そうな顔で水と濡れタオルを差し出したので、ありがたく受け取り、額と首元の汗を拭う。
「全っっ然大丈夫じゃない! 大きな犬……陛下に追いかけられる夢を見たの……!」
「まぁ……今日はお茶会ですものね…! お傍で見守ることしかできませんが、頑張りましょう!」
「私も一緒に行きますわ! 何かあったら猫パンチをして、援護致しますわ!」
──エミリー、リーニャ、なんて頼もしくていい子たちなんだ……!
「とりあえず、お嬢様! うーんっと磨き上げましょうっ!
女の武器は最大限に生かしませんと! 美しくなって、陛下になめられないように致しましょう!!!!」
エミリーは変な方向にスイッチが入っている。──完全に、着飾るの決定ね。
「え、エミリーにお任せするね……!」
─エミリーの本日のお嬢様レシピ♪─
・湯浴みは湯船にオレンジピールを浮かべ、ほんのり爽やかな香りをつけました。
・湯浴み後の香油も、オレンジピールから抽出したオイルで爽やかに。
・ドレスは、王城に相応しい少し華やかなデザイン!
─ポイントは、気分を高めるパステルオレンジのドレス、胸元の下からふわりと軽やかに広がるプリーツシフォンが素敵です!
・髪型は、全体的に細めのロッドで巻き、編み込んだ後、少しずつ引き出すことでゆるさを出す! ゆる感を残した状態でまとめた決めすぎないアップスタイル!
・メイクは、可愛らしいお顔を活かすために薄めに。今日はフレッシュ感を出すために、薄くオレンジのチーク、口元はオレンジがかった明るめの紅を差しました。
「今日のテーマは、フレッシュで愛らしい令嬢です!」
──エミリー! 君は今日も素晴らしいよ……。
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──そんなこんなで、軽く作戦会議をしつつ朝食を取り、お父様と共に馬車に乗り込んだ。
土曜日なので、お父様とお兄様のお仕事は休みらしく、普段の宰相としての文官服ではなく、少しだけカジュアルな格好になっている。
お父様は、
「うん、今日も可愛いね。これでは陛下が更にメロメロになってしまうよ!」
と、恐ろしい言葉を発する。リーニャとエミリーも頷いている……やめてええええええ!
ちなみに。もちろん、エミリーとリーニャも一緒だ。
エミリーとリーニャも念話の魔道具を身に着け、臨戦態勢だ。
いざとなれば、みんなが 『アイリーンは具合が悪いようです』 と帰宅する雰囲気を出してくれるらしい。
「よーし! みんな! 頑張りましょう!」
私だって陛下に少しくらいは小言くらい言ってやらなければ……気が済まないわ!
どうしてこの世界に召喚したのか、陛下の口から直接聞いてやるんだからっっ!
──待ってろ! 黒わんこ!!!!