第21話 最弱騎士はそれでも
右肩を貫かれた。
言葉にすれば簡単なことだろう。だが実際には致命傷だ。
多数の血管が切れ出血し右肺には穴が開き筋肉は切断された。
痛覚が麻痺するほどの危険信号を脳が発している。
そんな一撃を受けたのである。
『あ……ひゅっ……』
声が出ない。空気が漏れる音がするだけだ。
アルフの意識は朦朧としている。
『アルフさんっ!……このっ!離せ!』
ネルが必死にインキュバスを斬りつける。だがインキュバスにダメージは入っていない。
筋力の問題か、武器の問題か、はたまた技術の問題なのかはわからないが傷一つ付けられない。
これが熟練の騎士であれば話は違っただろう。だがアルフより強いと言っても所詮は下級騎士。
中級悪魔には歯が立たなかった。
インキュバスは興味をなくしたのかアルフを放り投げた。
そしてネルを見た。
『ひっ……』そんな声が漏れた。
ネルは恐怖していた。目の前の化け物に。
無理もない。自分がどれだけ攻撃しても傷一つ付かない悪魔を前に恐怖しない者などいないだろう。
足がガクガクと震える。
ネルは知っていた。インキュバスという悪魔が人間の女に何をするのか。
自分がこれから何をされるのか。
そんなことを考えて唯々生まれたての子羊のように震え、逃げることさえできない。
インキュバスはネルの軽鎧を掴むと、まるで紙のように千切った。
ネルの肌着があらわになる。
『い、いやっ』
インキュバスが下卑た笑みを浮かべる。
『いやあああああああっ』
ネルはただ叫ぶしかできなかった。
一方アルフは生死を彷徨っていた。
インキュバスにより受けた傷は決して浅くなく、身動き一つとれなくなっていた。
『ひゃ……ひゃめろ……』
目の前でネルがインキュバスに襲われている。
ネルは必死に抵抗しているがインキュバスの力の前では無力だ。
こんなときあの白銀の英雄ならきっとあの悪魔を倒して少女を救ってくれるだろう。
だが、英雄はいない。ここにいるのは深手を負った最弱の騎士だけだ。
アルフは必死に自分の体に言った
自分がやるしかない。自分が英雄になるしかない。
だから
動け。動け。動け。と
だが動かない。目の前がグラグラ揺れている。
でもそんなことは関係ない。助けるんだ。
自分は最強の聖騎士になる。そのために今ここにいるんだ。
戦え。戦え。戦え。
助けるんだ。あの少女を
『オ……』
体が嫌だ、このまま倒れて死を待ちたいと叫ぶ。
それでもそんなことは関係ない
『オオオオオオオオオオオッ』
体が悲鳴を上げる。無理をするなと。
そんなことは関係ない!
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!』
雄たけびを上げた。
右胸から、口から、血を大量に吐き出しながらもアルフは立ち上がった。
『ガアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!』
叫びながら剣をかざし走る。
目の前の悪魔を倒すために。
そしてこの日。最弱の騎士は悪魔に一刀両断の裁きを下した。
ネルは見た。
少年が致命傷を受けながらも立ち上がるのを。
そして少年の体を白い光の粒子が包み込んでいたのを。
それが何なのかはわからない。だがその光はとても暖かく安心できるものであった。
そして悪魔が倒れる。
最弱の騎士は自分が逆立ちしても勝てなかったであろう悪魔を倒したのだ。
悪魔を倒した後、残りのインプたちは逃げ去っていった。
それを見届けると少年はその場に倒れこんだ。




