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どうすれば良いのか、こんな事誰にも言えない。
由美に話たら絶対に面白がるだろうし……。
それに、ろくに相談しなくとも行けと言うに決っている。
そして後日電話の猛攻撃だろうと、簡単に察しがつく。
ふと尚輝に相談しようと、ざわめく座敷に尚輝の姿を探す。
相変わらず優香がべったりと張り付いていて、尚輝は仏頂面を晒していた。
そんな優香にうんざりしながら尚輝の所に行こうとすると、不意に後ろから肩を叩かれた。
「桜井」
振り返れば一ノ瀬が名簿を持って立っていた。
「桜井の所、塗り潰しておくよ?」
私が返事をしない内に、一ノ瀬は2人分の名前をボールペンで黒く塗り潰していった。
一ノ瀬はその名簿を近くに居た人に回すと、私の手を取り座敷から出て行こうとした。
私はただ、何で?と言う事ばかりが頭を巡り、掴まれた手を引っ張った。
「二次会終わってからじゃないの!?」
「ごめん、気が変わった」
サラリと言われた一ノ瀬の言葉に、私は慌ててバッグを指で引っ掛け、引っ張られるままミュールを履いた。
級友がチラチラと私達を見ながら驚いた様子でいて、中には由美がニヤニヤといやらしい笑顔で手を振っていた。
明日は由美から電話が来る……、私はそんな事を頭に掠めながら一ノ瀬の大きな手を腕に感じていた。
後ろから尚輝に見られている事なんて、気付きもしないで。
皆にろくに挨拶もしないまま、居酒屋を後にした。
5分ほど経った頃、少し急ぎ足だった一ノ瀬の足が止まった。
「嫌だった?」
立ち止まったものの、掴まれている腕はそのままで。
私はぽかんとした顔で、一ノ瀬の顔を見上げた。
「今更……。嫌だも何も、私の意見も聞かずに連れ出したんじゃん」
「そうだね」
少し棘のある言い方をする私に一ノ瀬は苦笑いを浮かべる。
私に対して申し訳ないという気持ちが少しでも見られたから、まあ良いかと心の中で一ノ瀬のとった強引な行動を不問にした。
気を取り直した私は、横並びでゆっくりと歩き始めた。
入店する前は傾いた太陽の熱がまだ暑かったが、夜の帳が降りた今、涼しい夜風が髪を攫ってゆく。
掴まれた腕が熱くて、吹き抜ける風が余計に冷たく感じられた。
「高校の時、桜井は俺の事嫌いだったでしょ?」
チラリと向けられた視線は寂しそうな目で、私は思わず息を飲んだ。
バレてる……。
どこか罪悪感めいた気持ちが、心臓を掠める。
私の気持ちは態度に出ていたのだろうか。
こんな事誰にも言った事がないのに、一ノ瀬が知ってるという事はそれしかない。
一ノ瀬の言葉は本当の事だから、今更嘘を言っても無駄だと思い私は小さく頷き、ごめん、と呟いた。
「俺がよくわからない人間だから、桜井はずっと警戒してたよね」
「よくわかるね……、全部わかってんだ。でも嫌いじゃないから、変な誤解しないで」
観念した私は仕方ないとばかりに、自分の気持ちを話そうと思って重い口を開いた。
「正直、あの頃の一ノ瀬は全部が嘘っぽくてさ。近寄りがたい雰囲気だった。人当たり良さそうな顔しながら壁を作ってるって言うか。自分にも深入りさせない分、自分からも深入りさせなさそうって感じで」
「随分ストレートに言うね」
苦笑いでも、どこか楽しげな一ノ瀬は視線を前に戻して細く息を吐き出した。
「でも、どうしてわかったのかが不思議。こんな事誰にも言ってないし、……まさか一ノ瀬、人の心が読めるとかなんて言うんじゃ!?」
冗談めいた言い方をし、掴まれていた手を振りほどこうと腕に力を込める。
それに気付かれたのか、一ノ瀬の力が強くなると引き寄せられた。
「そのまさか……だったりして」
固まるのは、私の身体と思考。
誰か……冗談だと言って。
私、オカルトは嫌いなの。