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失敗した。こんな言い方をした私を呪いたい。
逃げ場のない今の私は目を逸らす事すら出来ず一ノ瀬を見ていると、一ノ瀬は半分になったジョッキに目を移した。
「だから、二次会終わったら……桜井の時間、俺にちょっと貸して?」
私の目の前を一ノ瀬の手が過ぎり、ビールの泡が縁に残るジョッキを傾け飲み干した。
呆然とその様子を眺めていると、一ノ瀬が田辺に呼ばれて席を立った。
「じゃあ、後でね」
「良いよ」とも「嫌だ」とも、私が返事をしない内に一ノ瀬は飲み干したジョッキだけを置いて行ってしまった。
高校生だった時の面影が少し残る顔で、取り付けられた約束。何を考えているのかわからないのは、いまだ健在だ。
ただ……、私が考えようとしてもアルコールのせいか、グチャグチャに絡まってしまった思考は容易に直す事など出来ない。
「なぁに話してたのかな?」
今度はニヤニヤと楽しそうに笑う由美が、隣りに座る。
一ノ瀬が置いて行ったジョッキをテーブルの下に置き、変わりに自分の梅酒を置いた。
「別に……。ねえ、一ノ瀬って何で今までクラス会来なかったんだろ」
「何でって……、一ノ瀬の家ってそんな大きくないけど一応会社経営してんじゃん?」
そう言えばそんな話、聞いた事がある。
私は無言で頷き生レモンを口にした。
「社長だったお父さんが倒れて、それから一ノ瀬が社長やってんだよ。たぶん忙しくて、来れなかったんじゃないかな?」
「そーなんだ……、一ノ瀬も大変だね」
「一ノ瀬って、大学出たあとどっかのホテルで仕事してたらしいんだけど、それがあって急遽呼び戻されたらしいよ。ほら、急だったし、一ノ瀬も右も左もわからない状態で会社を引き継いだから、かなり大変だったとは思うよ」
それで、やっと来れるようになった……か。
由美の言葉で、漸く一ノ瀬の言った意味を一つだけ理解出来た私は、残り少なくなった生レモンを一気に流し込んだ。
飲み始めて2時間が経とうとした頃、田辺の陽気な声が座敷に大きく響いた。
「今回のクラス会は飲み放題の関係で終了ー!で、これから二次会会場に移動したいと思いまーす!行きたい人は、今から名簿回すから自分の名前に印をつけてね、人数確認だけしたいからよろしく!あ、行かない人は自分の名前を塗りつぶしてねー。俺、酔っぱらってて上手く人数計算できないからご協力頼みまーす!」
赤い顔をしながら足元をふらつかせる田辺が馬鹿っぽくて、笑いが込み上げてくる。
二次会……。
私は一ノ瀬に言われた事を思い出す。
“二次会終わったら……桜井の時間、俺にちょっと貸して?”