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「何?俺の顔に何かついてる?」
ジーッと一ノ瀬の顔を見ていたらしい私は、視線を逸らし3杯目の巨峰サワーを飲み干した。
「すいませーん、生レモン1つー!」
空になったジョッキを端にやり、ツマミに手を伸ばす。
私の大好きな鶏ナンコツ。
コリコリと歯ごたえのある食感を楽しみ、注文した生レモンを待つ。
「桜井さ、今付き合ってる人いる?」
「んーん、いない」
「そっか」
一ノ瀬は目を細めて、柔らかな笑みを見せる。
今まで見た事ないくらい、綺麗な笑顔。うさん臭さのない、自然な笑顔。
元々顔が良いのは知ってたが、表情豊かな優しい笑顔は私を十分に引きつける魅惑的なものだった。
「本当どうしたの?俺の顔ばっか、そんな見ないでよ」
「なんでもない……」
今回ばかりは、完全に見惚れてしまっていた。
何なんだ。
煩いくらいの激しい鼓動に、私は戸惑っていた。
顔が赤くなっているのは、アルコールと恥ずかしさから。
酒のせいに出来る今なら、知らない振りをしていられる。
一ノ瀬って、こんな奴だっけ……?
「クラス会終わったら、2人で抜けない?」
鶏ナンコツに延ばした箸が止まり、そして何事もなかったように目の前の大好物を口に放り込んだ。
「何で?二次会あるよ」
一ノ瀬の顔を見れなくて、ただひたすら鶏ナンコツを食べていると、店員が生レモンを持ってきた。
脂っこくなった口内に、生レモンは爽やかな清涼感で全てを洗い流していった。
「二次会行くの?」
「行くよ、一ノ瀬も来れば?」
可愛げのない言い方は元々で「一緒に行こうよ」なんて、甘えた声で言えれば彼氏の1人や2人なんて簡単なんだろうなと、アルコールの入り交じった息を吐いた。
わかってはいるんだけど、そんな器用な事が出来るならばとっくに彼氏なんて出来るはず。ああ、面白くない。
「桜井が行くなら、行こうかな」
恥ずかしげもなく、さらりと言われた言葉の意味。
そして、さっきの誘いの言葉。
二つを照らし合わせれば、簡単に辿り着く答え。
「何?私の事誘ってるの?」
低い声で色気もなく私が言えば、一ノ瀬はテーブルにジョッキを置き、私の顔を覗き込んだ。
そして一言。
「そうだよ」
私の箸は完全に止まり、油が挿されていない機械のように、固い動きで一ノ瀬の顔を見た。
ビールを飲んでいる筈の一ノ瀬は少しも赤い顔をしておらず、綺麗な笑顔で私に微笑んでいた。