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そこには今回来る予定の人数があらかた揃っていて、飲み放題コースの料理が美味しそうに並んでいる。
「皆来るの早いな」
尚輝が苦笑いを浮かべて広めの座敷に上がると、高校時代のクラスメートが口々に挨拶をしてきた。
「尚輝久しぶり。瑠璃は変わりばえがないなぁ」
尚輝の後ろにくっついて行った私に、いつも私をチビと馬鹿にする田辺が私達の方に振り返ってニヤニヤと笑っていた。
変わりばえがないのは、暗に背の低さを言いたいんだろう。
ムッとした私は挨拶代わりに、水を飲もうとテーブルに身体を向けた田辺の隙だらけの背を蹴った。
「ぶわはっ!」
タイミングが良かったらしく、水を気管に入れてしまった田辺は口元をビショビショにしながら噎せていた。田辺の滑稽な姿を見て、周りはゲラゲラと笑っている。
ザマーミロと私が嘲笑えば、田辺は悔しそうに涙目になりながら私に何か言いたそうとしている。咳が止まらない田辺を横目に、ポツポツと空いている場所に座った。
私が田辺と話をしている間に尚輝は優香に引っ張られ、隣に腰を落ち着けていた。
噂では高校生の時に尚輝に好意を寄せていたと聞いた事があるが、毎年のようにあの手この手で隣に座っている。
もしかしたら尚輝をまだ好きなのだろうか。
優香は尚輝とばかり喋っていて好意があるのを態度で前面に押し出しているから、きっとそうなんだろうけど。
胸元が大きく開いた服の色っぽい優香は、25にはとても見えない。
男だったら色気たっぷりの優香に迫られたら、デレデレと鼻の下を伸ばしてしまいそうなのに、今まさに迫られている尚輝はシラッとしていて相手にしていない。
それどころか優香の存在自体を無視しているようにさえ見える。
仮にも隣りにいるんだし、少しは相手にしてあげたら良いのに。楽しいクラス会なんだし、少しは空気を読んでみたら良いのに。
と、余計な事を考えていると、隣からメニューがまわってきた。
「はい」
隣にいるのはクラスの癒し系担当だった、木崎拓弥だ。
「飲み物なんにする?もう皆頼んでるから。……でも、桜井は相変わらずだね」
「それは褒めてんの?たったさっき、尚輝に黙ってれば良いって言われたばかりなのに。私、昔から黙ってればねって言われるようなキャラだった?」
木崎のゆっくりとした話し方は今も健在で、意地悪をしたくなった私はわざとつっかかる言い方をした。ついでに尚輝に言われた事の八つ当たり。
「それは否めないかもしれないけど、僕的には褒めてる褒めてる」
あまり好ましくない態度だっただろうに、変わらぬ話し方で穏やかに笑う木崎にドリンクメニューのページから巨峰サワーを指差す。
しかし否めないって事は昔から皆にそう思われていたのかと、木崎に見られないようにこっそりと肩を落とした。
「田辺ー、桜井巨峰サワーだってー」
「はいよー」
妙なイントネーションで返事をした田辺は、店員を呼んで数人分の飲み物を注文し始めた。
「毎年楽しみにしてるんだよね、このクラス会。すごく懐かしくて、ホッとする。皆あの頃と同じで、変わりなくて」
「大人になりたい私にしたら、あまり嬉しくない」
「あは、ごめんごめん。そんなつもりじゃなくてさ、ただ一番楽しかった時だったから、思い出して……」
私達の高校はクラス替えがなく、三年間持ち上がりだ。
だからこそ、男女共に友情が芽生える。仲間って、きっとこんな感じなんだと思う。長く会ってなくても、すぐに昔に戻れる感じ。
こんな居心地の良い飲み会は合コンでは味わえない、なんて思いながら私は注文した巨峰サワーを店員から受け取り、そろそろ乾杯かと考えていた。
すると……。
「悪い……、遅くなった」
息を切らせ、額にうっすらと汗を滲ませる一ノ瀬聡が座敷に一歩踏み出した。
昔と変わらないけど、ただ制服だったあの頃と違い、スーツ姿で大人な雰囲気になっていた。
「一ノ瀬どうしたんだよ、遅かったじゃん?でも会うのは久しぶりだなー!」
「急な仕事でさ、遅くなった……悪い」
片手を顔の前で立て、バツの悪そうな笑顔で田辺に謝る。
田辺はそんな事ないとばかりに、笑顔で背中を叩いていた。
「じゃあ何飲む?もう乾杯するぜ」
「生ビール、……どこ座れば良い?」
だいぶだらけた座り方になりつつある皆は辺りを見回し、互いに席を詰め始めた。
おかげで席が出来た一ノ瀬は、爽やかな笑みを湛えて私と一つ間を置いて座った。