Vanitas vanitatum omnia vanitas.
空の空。全ては虚しい。
私はこのパズルをしながら、失われた人について考えていた。
竜の息吹で百人死んだ。戦争の轟音で一千人死んだ。兵器の実験で一万人死んだ。サイボーグの暴走で世界は滅んだ。
グニャグニャとした落書きのような輪郭のピースを、隣のピースと繋げていく。
これは確か博士は無限銀河パズルなんて呼んでいたか。際限なく繋げていくことが可能なピースの形状と、銀河がイラストされたデザインは確かにその名称が割り振られるに相応しい。
ふと、隣で横たわる彼女をみる。
穏やかな寝顔。私はそれに癒されて、彼女に毛布でもかけてやろうと毛布を探しに行った。
あった。近くにあった。やはり触覚センサーは壊れてしまっているかな。あれからもう何年と立つのだし。
毛布をかけられた彼女は、穏やかに笑ってくれたような気がした。
◇
何年たっただろうか。この高い塔に居続けるのも、慣れてしまった。
博士は寝たきり喋らない。とても残念で寂しいことだ。
私はトータルで十年ほど、パズルを続けている。このパズルは始まりも終わりもないパズル。可能性の塊とも言えるそのパズルは、なんだか私の在り方を示しているようでムカついた。
しかし博士に勧められてからは随分とハマってしまった。博士は私が何か作り上げる度に、自分のことのように喜んでくれた。きっと自分のことだからなのだろうが、それでも私は嬉しかった。他の子供にやり方を教えてみたときも、楽しいと思えた。きっと私は教師にでもなりたかったのだろう、他人に物事を教えている時が私の”幸せ”だった。
毛布がずり落ちる音がして、私の嗅覚センサーが、腐臭を検出した。
◇
この窓のない部屋から私は出ることが出来ない。なぜなら、ここに博士がいるから。
人間たちは私の在り方を見てまるで何かに呪われているかのようだと言っていたが、それは違う。
私という種族。所謂機械の幸せ。それこそ、人間に尽くすことである。
一度だけ、博士に”そうプログラムされているだけではないか”と言われたことがある。
......確かにそうかもしれない。しかし、私は私でそれが幸せであると思っているのだ。この幸せだけは、人間に理解されたくない幸せだ。
パズルは際限なく広がり、塔を今にも埋め尽くそうとしている。このパズルが終わる先には何が待っているのか、と考えながらずうっと続けている。
劣化で金属製のフレームが覗き、私はそれを布で覆い隠した。
◇
パチパチとパズルが組み上がっていく。そろそろ宇宙の果てが見えてもいいのではなかろうか。
隣で眠り続ける博士は骨になって、私のパズルを見ている。酷い腐臭がこの部屋を満たしていたこともあったが、何百年と立ってしまうと臭いなど薄れていく。
......ああ、何百年とここで私はパズルを続けるのだろうか。虚しいな。
ここにいて久しぶりに、それを感じた。
私はパズルを続けていく。外はどうなっただろうか。もう放射能もおおよそ消え去り、新たな文明が生まれていてもいいのでは?
そういえば、博士はたとえ人類が滅ぼうとデザイナーベビーたちがなんとかしてくれると行っていたかな。
きっと彼らはどうにかしてくれているだろう。私は気にせず、ここで眠り続ける博士を守り続ける。
たとえ彼女が二度と目覚めないと分かっていても。
◇
その時、地震が起きた。
塔は崩れ、私の部屋は開かれた。ぽっかりと開いた穴から一千年ぶりに見る”外”。どうなっただろうか。
何となく気になって、崩れ去ったパズルを踏みつけながら外を見てみた。
そこには、街が広がっていた。どうやらもう文明は再構築が終わったらしい。随分虚しいことをしていたものだ、と私の中身を脱力感が襲う。
一千年ほどの間続けたパズルは色褪せて、何が描いてあるか分からなくなっていた。
私はそんなパズルを蹴飛ばし、眠り続ける白骨死体を持ち上げ、壁に空いた大きな穴へと歩みを進める。
そうだ、こういう風になったら彼らに言うことがあるんだった。それを思い出して、私は電源の通っていないスピーカーから音声を鳴らす。
来世でまた会おう。
◇
[調査報告書
ダンジョンレベル:Δ
モンスター発生割合:0.2%
未発見の物質:36個
回収された物品:ダンジョン内に設置されていた用途不明の装飾。原材料不明の毛布。及び、無色のパズル。
備考:居住していた形跡こそあるが、ダンジョンの老朽化から何者かが居住していた可能性は非常に低い。第一次調査の際に脆くなっていた箇所がいくつか破損し、そのうちの一箇所から人影が二つ飛び降りたとの報告があるが、真であるとは考えにくい。]