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譲れぬ主張

「では、依頼を受けるか判断しますのは明日その運ぶものを拝見させていただいてから……ということで構わないでしょうか?」


「ダメだと言ったらどうするのかな?」


 男は困ったなと言わんばかりに顔を少し顰めさせつつ顎をさする。


「他をあたっていただくことになりますね」


 シュラクのその瞳にはそこは譲らないという強い意志が現れていた。


「……」


「……」


「クラム酒とクレストです」


 しばしの沈黙が流れていたところに、男が頼んだクラム酒と肉と野菜を挟んだパンであるクレストが運ばれてくる。


「……わかった。では明日再度返事を聞くとしようか。場所はどこに向かえばいいのかな? ここかね?」


 そしてそれで気が緩んだのか、まいったと言わんばかりに男は少し白髪混じりの頭を掻きつつそう答えた。


「それに関してはここにお願いします」


 シュラクは腰に下げていた小さなポーチを開けると一枚の長方形の紙を取り出し男に渡す。

 その長方形の紙にはシュラクの名前と借りている家の住所が書かれていた。


「なるほど、ここに明日尋ねればよいのだね」


「えぇ、そのようにしていただけると」


「わかった。では明日ではその送るものと一緒にそちらに向かわせてもらおう。食事中にすまなかったね。食事再開といこうじゃないか。冷めてしまってはせっかくの食事が台無しだ」


 そう言って男はクレストを口に入れたあとクラム酒の入ったグラスを空になるまで傾ける。飲み干してグラスを置いた男から気持ち良さそうな声が口から漏れ出た。


「あぁ……お酒を昼から飲むのはたまらないな。すまないがクラム酒もう一杯もらえるかな?」


 そして、その勢いのまま空いたグラスを持った右手を上げて店員を呼び止める。


 その男の様子をみてシュラクもようやくグラスに手をつけた。

 思っていた以上に喉が渇いていたのかそのままグラスを傾ける傾斜が大きくなっていき、ついにはグラスが空になる。


「おぉ、いい飲みっぷりじゃないか。すまないが店員さんよ。もう一つクラム酒を頼めるかな」


 どうやら奢ってくれるらしいな。タダより高いものはないと言うが、ここでわざわざ遠慮して押し問答しても仕方ないから甘えるとするか。


 シュラクは無言のままスプーンを手に取り、シチュを掬い口に運ぶ。


 …………冷めてる。

 美味しい。実にコクがあり。クラプタの肉はきちんと煮込まれておりとても柔らかい。でも冷めている。


「若く見えるが君は何歳なのかね? そして、この仕事を始めてどれぐらいなのかな? あぁ、なに。ただの雑談だよ。身構えなくてもいい。嫌なら答えなくても構わない」


 新たに運ばれてきたクラム酒に口をつけつつ男がシュラクに尋ねる。一瞬の沈黙の後シュラクも口を開いた。


「……今二十になりました。運び屋を始めてからは2年ぐらいでしょうか? その前は冒険者を少し」


「冒険者。あぁ、実に素晴らしい。夢のある職業だ。まぁ、もっとも私は夢は寝る時に見るので十分だがね。しかし、どうして冒険者を辞めてしまったのかな? 怪我……ではなさそうだね。怪我なら同じように危険である運び屋なんてしないはずだ」


 そう、男が語ったように運び屋は危険な職業である。都市の外にはモンスターと呼んでいる危ない生物が生息しており、時には山賊などもでてくる。

 それらの危険性をはらんだ道中を乗り越えて他の都市へと運んで行くのが運び屋であり、それなりに自衛能力が求められる職であった。


 とはいえ、基本的に都市間に危険なモンスターが出てきている場合は冒険者や近くの都市の騎士団が排除する為。戦闘力は冒険者に比べればそこまで必要とはしない。


 山賊や危険なモンスターに万が一出会ってしまったのなら全力で逃げろ。そして祈れ。それが運び屋たちの共通認識だ。


「旅が好きだったからですかね」


 シチュを食べ終えたシュラクは、それだけ答えてクラム酒を飲み干し席を立つ。そして、自分の注文品が書かれた紙に手を伸ばすが、紙を掴む前に紙を目の前の男の手によって抜き取られる。


「せっかくの食事を邪魔してしまったせめてもの詫びだ。ここは私が払っておくよ」


 男は微笑みながら紙を手元でひらひらさせる。


 別に金には困ってないが奢ってくれるというのならありがたく払ってもらうとしよう。


「ありがとうございます。では、また明日。ごちそうさまでした」


「あぁ、明日よろしく頼むよ」


 お礼とともに軽く頭を下げたのを見た男が軽く右手を上げ返礼したのを見て、シュラクは外に出る。


 ……とりあえずあそこに行くとするか。


 店を出たシュラクは目的地へと向かうために大通りを家の方とは逆向きへ歩き出す。

 賑やかな大通りを少し歩いたのち、とある場所で少し細くなった人が少ない横道に入り、そのまましばらく真っ直ぐ歩いたあと、さらに大人が並んで歩けるかどうか怪しいぐらいの幅の道へと入って行った。


 その道はすぐに行き止まりになっており、行き止まりの先にはボロボロになった扉がある。


 その扉には今にも取れてもおかしくはなさそうな感じで傾いた状態の看板がついていた。


 看板には『遠見の梟』とかすれた文字で書かれている。


 シュラクがよく利用している情報屋の店であり、あの帝国の男にシュラクの情報を売った男がいる場所であった。

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