不穏な依頼
「おや?おかしいな。私は少し青みがかった灰色の髪に緑色の目。そして、六角形でその一辺飛ばしの三辺が二重線で描かれたマークが刻まれた指輪をつけていると聞いたんだけどね。私の探している彼は」
そう言って男は柔らかな笑みを浮かべつつシュラクの手に目線を向ける。
その目線の先にはその言葉の通りのマークの入った指輪が嵌められていた。
はぁ、これは言い逃れできないやつだな。
「……誰に聞いたんですか? その情報」
シュラクが一つため息をつき男を見返すと、男はやんわりと右手を胸の前で開きシュラクを静止させる。
「あぁ、身構えないでほしい。私はただこの街の情報屋に一番いい運び屋を教えてくれと尋ねたらそう返ってきただけなんだ。そして、昨日運良く帰って来たらしいからここに行けば会えるのではないかともね」
シュラクには一人だけその情報屋の心当たりがあった。冒険者時代からよく利用していた情報屋で、昨日もこの街に帰って来てまず最初に変わったことがないかを聞くために顔を出していた。
クッソあの親父こんな油断ならない人物をよこしやがったな。
シュラクは目の前の男を警戒していた。
一つは、そこらへんにいるような王国で一般的なシンプルな庶民服を纏っているが最近買ったかのように新しく、動作の節々に上品さが隠しきれておらず明らかに上流階級の人物だということ。
そして、言葉であった。
言葉というものは常に発展しつづけている。そして、慣用句や熟語と言ったこういう言い方をするというものがある。
シュラクの目の前にいる男の話す言葉はここメルクリア王国の主言語であるメルクリア語に忠実であり少し硬い。
シュラクは彼を他国のお偉いさんだと予想をつけていた。
そんな、シュラクの気持ちを知ってか知らずか目の前の男は言葉を続ける。
「それでだね。運び屋の君に依頼があるのだがね」
そう。シュラク・リテールは運び屋をやっている。依頼を受けて荷物を都市から都市へ、時には国をまたがって他国へとほかの所へと運んでいるのであった。
シュラクは2年ほど前から運び屋の職業を始めており、最近ではそこそこ依頼が舞い込んで来るぐらいにはなっていた。
「……とりあえず、お伺いいたしましょう」
厄介なごとの臭いがぷんぷんしているが、とりあえず話を聞いてみないことには判断できないしな。
「ありがとう。内容なんだが、とあるものを上水の8にガラトニクまで送って欲しい。報酬はそうだね……前金2シルル達成金2シルルでどうかな?」
男の出した条件は破格であった。
そう破格なのである。
貨幣の種類は5つあり上からルピオン、シルル、ルピン、セルトン、フィズ。100フィズ=1セルトンであり。100枚で一つ上の貨幣一枚と同等の価値になる。
そして、それぞれに1.5.10.50に相当の価値が与えられた貨幣がある。
前金2シルル達成金2シルルの合計4シルル。
この報酬は1世帯が一年暮らしていくのに十分なお金であった。
次にガラトニクはここメルクリア王国の上に位置しているサルファ帝国の帝都である。
基本的に駅馬車などを乗り継いで向かうならメルクリアからだと15日ほどの距離に位置している。
そして、本日は上火の3日である。
一月は30日あり、上月から火、水、木、金、土という順番で変わっていく。そして、上土が終わると次は下月、火、水、木、金、土と変遷する。
つまり、期限は一月以上ある計算になる。
破格すぎて裏があるのではないかと考えてしまう程度には好条件であった。
と、ここまではただ話された内容だけを考えた話である。
シュラクは男の提示した条件を聞いた上で目を瞑って思考を巡らせ始める。
サルファか、これは本当に厄介ごとの可能性が高いかもしれないな。
現在サルファ帝国は混乱の最中にある。一月ほど前に流行り病で皇帝、皇太子が立て続けに死んでしまったいた。唯一の直系であった皇太子も死んでしまった今。帝国の皇帝は空席であり次の皇帝になる人物をめぐり派閥争いが激化し、内乱の兆しまでみせていた。
1分ほどの沈黙の後シュラクは口を開いた。
「わかりましたお受けします……と、言いたいところですが一つ確認しなければならないことがあります」
「ふむ、なにかな?」
「運ぶ物です。知らず知らずのうちに幸せになる白い粉なんて運んでいた日には、そのまま天国の父親のもとに送られても合わせる顔がないので」
シュラクはそう言って少し大げさ気味に首をすくめる。
余談だがシュラクの父親は健在である。
「あぁ、大丈夫だ。安心してほしい。違法なものではないアルエナ様に誓おう」
アルエナとはこの大陸で主流の宗教アルエナ教の女神である。
誓われても困るんだけどなぁ……
シュラクが男に対して発言しようとする前に、男が先に言葉を発した
「さて、冗談はこれぐらいにしておこうか、アルエナ様に誓ったところでなんの信用も得られないだろうからね。明日、実際に送ってもらうものを確認してもらいたいと思っている。これで問題はないかな?……おっと、先程の発言を敬虔な信者に聞かれたら面倒なことになりそうだ。聞かなかったことにしてくれると嬉しいな」
そう言って男は柔らかな笑みを浮かべながら口元で指を一本立てた。