相席は気まずい
屋敷を出たリテールは大きな屋敷が立ち並ぶ貴族街を抜けて大通りへと向かう。
まだお昼前ということもあり、大通りは買い物をしたであろう紙袋を抱える親子や腰に剣を差した冒険者達や積荷を乗せた馬車などが行き交っていた。
シュラクはするすると人込みを抜けていき一件のこじんまりとした店の前に立ち扉を引く。開けた瞬間食欲を掻き立てる匂いがシュラクを襲う。
そうだよこれだよこれ。やっぱこの匂いを嗅がないと帰ってきたという気がしないんだよな。
店内はお昼前ということもあり殆どのテーブルやカウンターが埋まってしまっており、忙しそうに給仕の女の子たちが店内をお盆に料理を載せて駆け回っていた。
「いらっしゃいませー。あ、リテールさん久しぶり!」
店内を眺めているシュラクの姿を見つけた店員の一人であるテリアが、空になったお盆片手に声をかける。
「あぁ、昨日ちょうど帰ってきてね。昼は相変わらず忙しそうだね。空いてる席もなさそうだし出直そうかな?」
「大丈夫。どうせ一人増えたとこで誤差だもん。席あそこ片付けるから先座ってて? お得意様を返すわけには行かないからね」
そういってテリアは隅のほうにある二人掛けのテーブルを指し示しウインクをする。席には人がおらず、食べ終わったであろう皿が、テーブルの上に乗っていた。
「あぁ、うん。ありがとう。なら言葉に甘えさせてもらおうかな?」
そう言ってシュラクは指定された席へと腰を落とし置かれているメニューを眺める。
『夜鳴きの地鶏亭』それがこの店の名前だ。
大通りに構えるこの店は、数年前シュラクが冒険者と呼ばれる仕事をしていた頃から足繁く通っている店である。時には朝昼夜とご飯をここで済ませることも多かった。
友人達の中ではシュラクに会いたいならここに行けばいいという認識があるぐらいである。
「はーい、待たせてごめんねー。注文は決まった?決まってたらついでに聞いちゃうけど」
シュラクがメニューが書かれた紙に目を落として新作がないかを漁っているとテリアがパタパタとやって来る。
「そうだね……このクラプタのシチューとクラム酒で」
「はいはーい。ちょっと待っててね」
注文を聞き、テキパキと残っていた皿をお盆に乗せてテーブルを拭いたテリアは厨房へと戻っていく。
シュラクは特にやることもなかったので軽く店内を軽く眺める。
店内の大半のテーブルには剣や杖などが立てかけられている。そして、そこに座る人々の大抵が金属鎧や胸当てがついた皮鎧などをつけていた。
彼らはムスッと不機嫌そうに一人で酒飲んでいるようなものもいれば仲間達で楽しく談笑しているものなど様々だ。
冒険者。人々は彼らをそう呼ぶ。
基本的に冒険者とはギルドと呼ばれる仕事斡旋所で主な銭を稼ぐ人々をさす。
迷宮と呼ばれる場所に挑み一攫千金を得たり、竜種などを討伐して名誉を得る。子供達の憧れの職業一位だ。
実際にはそのようなものはごく一部で、冒険者と呼ばれる大半がその日暮らし程度の銭を稼ぎ、運が悪ければモンスターと交戦してあっさりと死んでいく。
シビアな職業でもあった。
だから憧れの職業一位ではあるが、そのようなことを言っているのが母親に聞かれたら頭を叩かれる職業一位でもあった。
……流石に顔見知りの奴は昼だと来てないな。
シュラクは常連であり、なおかつ昔は冒険者だった為冒険者の知り合いはそこそこいたりするのであった。
やめてからは死亡などで緩やかに減少の一途をたどっているのだが。
「クラム酒です」
他のテーブルをのんびりと眺めているシュラクの元に、テリアとは違う女の子が少し赤みがかった液体の入ったグラスを置いた。
シュラクはそれを手に取り口へ含む
クラム酒とはクラムという甘酸っぱい小さな赤い果実を発酵させて作られた酸味の効いたお酒である。
飲みやすやの割には意外にアルコールが強く、女を酔い潰してお持ち帰りするときの酒という風評被害も甚だしい事実のあだ名をつけられている酒でもあった。
うん。やっぱ仕事終わりはこれだわ。あぁ、幸せだ。
などと小さな幸せを噛み締めているシュラクのテーブルの向かいに人が現れる。
「相席よろしいかな?」
質素だが下ろしたてのような綺麗な服を見にまとった五十ぐらいの優しそうなナイスミドルであった。
シュラクは辺りを一回見回し空席がないのを確認してから笑顔を作る。
「えぇ、構いませんよ」
嘘である。本当はバリバリ構いたくない。
こういうタイプの輩はめんどくさいことが起きることが多いんだ。
シュラクの今までの経験から嫌な予感センサーが脳内で音を立てて鳴り響く。
余談だが彼のこのセンサーは通算成績2割程度なので実は大して当たらなかったりする。
「クラム酒ですか。私も好きなんですよ」
「美味しいですよね」
どこか上品な気配を醸し出すナイスミドルダンディは柔らかな笑みを浮かべながらシュラクを見つめる。
シュラクは警戒度をさらに引き上げた。
シュラクの頼んだシチューが運ばれてくる。その際に男はクラム酒と肉と野菜を挟んだパンを注文していた。
「一つ尋ねても構わないかな?」
「なんでしょうか?」
いざ口にシチューを救ったスプーンを口に運ぼうとした時、目の前の男が口を開く。
シュラクはお預けをくらった気分になりつつもスプーンを皿へと置いた。
「君はシュラク・リテールくん……で間違いないかな?」
「いえ、違います」
突然すぎて咄嗟に嘘ついてしまった。
……これは面倒なことが起きるのかもしれない。
シュラクの心に一抹の不安が湧いたのだっだ。