おタバコをお吸いのお客さま
ヘビースモーカーだ、自分でもわかってる。
今日も今日とて、閉店間際のデパートの喫煙所でタバコを吸う。
愛煙するのはキャスター。ネットの掲示板には「地味なやつが吸うタバコのイメージ」とか書かれてたけど、俺はこのバニラの香りが好きだ。
だから吸っている。
デパートの1階から9階は閉店し、開いているのは10階のレストラン街だけ。
だから、喫煙所にいるのも俺一人くらいしかいない……とか思いながら、咥えてるキャスターに火をつけたら、女が一人入ってきた。
ピンクのコートに、ルイ・ヴィトンのバッグ。化粧の濃さと雰囲気からして水商売、場合によっては風俗嬢かもな。年齢は結構行ってるな、40代半ばってところか?
取り出したタバコはメビウスか。昔はマイルドセブンなんてかっこいい名前だったのにねぇ。いつのまにやらダサくなっちまったな。
おっと、女がこっちのタバコも見てやがる。
「ねえ、それキャスター?」
「そうですが」
「へえ、一本もらってもいい?」
「え? ああ、いいですけど」
別にいいけどさ。こういう暇そうな人間に話しかけられるのは、どうも嫌だ。自分のタバコがあるのに話しかけてきたってことは、ようするにそういうことなんだろ。
「お兄さん20代とかその辺?」
火をつけた途端に話しかけてきた。ほら、やっぱりな。キャスターなんかいらなくて、話しかける口実が欲しかっただけなんだ。
「そうですよ、25っす」
「やっぱりねー、若いよねー。あたしなんかもう40でさぁ」
「はぁ、そうですか」
年齢はだいたい合ってたな。で、ここから長話が始まるんだろうな。
「あたしさー、慶応出てんのよ。なのに気がついたら40でおっパブで働く羽目になっててさー」
何が面白いのか、そう言ってゲラゲラ笑いながら身の上話を語り出した。
おいおい、勘弁してくれよ。なーんであんたに付き合わねばならんのだ。
女の身の上話が、女子校から慶応に進学して、就活に失敗したところまで来て、俺が5本目のキャスターに火をつけた時、天井にあるスピーカーから女性のアナウンスが響いてきた。
「まもなく、閉店のお時間です」
ちょうどいい、この辺で話を打ち切るか。
「すみません、そろそろ閉店なんで出ますよ」
「え、そうなの。あたしこの後暇でさー。カラオケ行かない?」
ありえねえよ。
「いや、俺明日仕事なんで。これ吸い終わったら出ますよ」
「そうかー、残念だわ。でも、あんたも物好きだね。こんな生ゴミみたいな味のするタバコを吸ってるなんて」
は? 何言ってんだ、こいつ。どう考えてもバニラの味だろうが。
それとも味覚障害かなんかか。いや、タバコの味に味覚障害があるのかどうかは知らんが。
そんな風に考えながら、一息吸ったら、ひっでえ煙が喉に入り込んできた。
なんだ、これ、ゴミ捨て場の匂いを百倍強烈にしたような、おい、なんでこんな味……。胃液が喉まで上がり、めちゃくちゃに咳込んだ。
げえげえ言いながら手元を見たら、さっきまで真っ白だったキャスターが茶色や深緑が混ざり合ったような色に変わっていた。
おい、なんだよ、これ。なんでこんな……。
と思いながら隣を見たら、その女、どこにもいねえ。