部員が足りなくて入部をお願いされるし、なんならとんでもない人物が現れる。
ドアノブには鍵穴はついておらず、そのまますんなり入ることができた。
わずか六畳ほどのスペースにはタイル状のカーペットが敷かれ、壁沿いには本棚が何台も設置されている。
部屋の中央には背の低いテーブルがちょこんと置いてあり、普段はここで歓談をするのだろうと想像できた。
いずれにせよ二号館自体が古い建物であるため、壁は若干欠けている箇所も見受けられ、おまけに蔵書由来からか言いようがない古臭い匂いもした。
陽のあたらない場所だ、と龍一は部屋を見渡して思った。
「ここで上履きを脱いでください」
カーペットの上は土足厳禁で、その手前のコンクリート床に靴を揃えるというのが文芸部のルールらしい。
適当に座布団をとってくださいと言われ、二人は指示にならった。
「コーヒーしかありませんが我慢してください。砂糖とミルクぐらいなら追加できますが」
「俺はそのままでいいです」
「背伸びするところが恥ずか――男の子らしいですね」
「言い換えても悪意は伝わってきますからね!?」
「佐々木さんはどうされますか?」
「あ、私……砂糖多めで」
「わかりました」
本棚の一部は生活用品置き場としても使用しているらしい。
窓際のそれからインスタントコーヒーを取り出して紙コップに注ぐと、電気ケトルを手に中央のテーブル前に座る大谷先生だった。
電気ケトルはあっという間にお湯を沸かして、コーヒーができた。
大谷先生はというと、自分のコーヒーは砂糖もミルクもたっぷりだった。
「間宮くん、何か言いたげな目をしていますが」
「……いえ、大丈夫です」
「――それでは本題に入りましょう。佐々木さん。ここ文芸部は毎週水・金曜放課後が基本活動日で、他の曜日は自由参加のスタイルです。私は最後に見回りにくるだけなので、各々執筆や読書に集中できると思います」
「自分たちで書いた作品を形にしたりとかはしているんですか?」
「はい、秋の文化祭に向けて小冊子を作成しているほか、年によっては春と秋の文学フリマにもサークル参加していますね。学校から出る活動費と部内で集める部費で印刷を賄っています」
文学フリマ……? と龍一は頭にクエスチョンマークを浮かべる。
サークル参加というと、コミケやコミティアなら聞いたことがあるが、文学フリマは初耳だった。
「それじゃあ、基本的には年に一回ないしは数回冊子を発行して、そのほかの活動日は執筆とかに充てるって感じなんでしょうか?」
「その認識で構いません。実際入部したら多少の違いはあるかもしれませんが、大きくは間違っていないはずです」
ただもう一つ、重大な問題があるのです、と大谷先生が切り出した。
「率直に言います。部員が足りません」
「部員、ですか」
「そうです。現部員はいずれも女性で、三年生が一人、二年生が一人。以上です」
「たった二人しかいねぇのかよ……」
たまらず龍一が声を上げた。
スポーツ系に比べたら、この文芸部は個人プレイが多い部活なのかもしれないが、それでもこの人数は部活動として成り立つレベルだろうか。
いや待てよ、と龍一はある考えに至る。
「そもそもウチの高校って、四人部員がいなきゃ部活動として認められないんじゃ……」
「えっ、そうなの?」
「……間宮くんの指摘通りです。正式には部員勧誘期間が終わる4月いっぱいがリミットですが、それまでに残り二名の新規部員がいない限りは文芸部は廃部になります」
「そんな……」
香菜が落胆の色を濃くした。
せっかく今まで続けてきた活動が新しい環境で途絶えてしまうかもしれないとあって、部室には重い空気が漂った。
「龍一……龍一は、部活、入ってないの?」
「お、俺? いや今のところ入ってないけど……」
「じゃあさ、私と一緒に文芸部入ろうよ。楽しいかどうかは……わからないけど、将来の嫁と一緒にいられる時間は増えると思うし」
「さらっと結婚させんなよ……。ていうか、俺そもそもラノベとかは読むけど、何か創作したことなんて経験ないぞ……」
「ラノベはあまり詳しくないけど……とにかく本読むんだったら大丈夫だよ! コツ掴んだらすぐ書けるようになるって! 私もいろいろ教えるから!」
助けを求めて大谷先生のほうへ視線をやる。
甘ったるいコーヒーを一口すすると、「実は私も間宮くんに入部をお願いしようと思っていました」と語った。
「間宮くん、朝に遅刻ポイントがたまったことは話しましたね?」
「は、はぁ……。たしか『有益な奉仕活動』をやらなくちゃいけないんですよね……」
「そのとおりです。通常であれば、朝八時前に登校してもらっての挨拶運動を二週間毎日、というのがテンプレートなのですが」
「軽く拷問じゃねぇか……」
「そうでしょう。常習犯の間宮くんならきっとその奉仕活動でさえ、遅刻をしてしまうはずです。そこで今回はイレギュラーとして、文芸部に入部して活動してもらうことを奉仕活動の一環にできないかと考えたのです」
「俺が入部することの、どこが奉仕活動なんですか……」
「言ったとおり、このままでは部活動は存続できなくなります。いかんせん華がない部活なので新規部員もすぐには見込めません。今の部員のことも考えると、佐々木さんと一緒に入部してくれたら文芸部は部として続けられます。間宮くんの奉仕によってそれが可能になるのです」
「……龍一、そんなにがっつり活動してとまでは言わないからさ。お願い……」
頼まれっぱなしの一日だ、と龍一は大きく息をついた。
確かに今のところ部活には所属していない。
毎日家に帰ったところで、怠惰に動画サイトを漁るか、ラノベを読みふけるぐらいだ。
そんなことならいっそ部活に入ったほうが有意義に時間を使えるかもしれないし、幼馴染の香菜と一緒に過ごすこともできるようになる。
ただやはり、と不安が頭をよぎる。
読書経験もラノベばかりで執筆経験もない人間がこの部活に入って、やっていけるのだろうか?
しかも周りは女ばかりの環境だ。
自分だけ入部して、浮くことはないだろうか――?
「とはいえ、あまり無理強いできる案件でもありません。毎週決まった時間に参加しないといけないですし、相性もあります。どのみち一週間は仮入部期間になるので、続けられるようなら正式な入部届けを出してみてはいかがでしょうか?」
「……うーん、そうですね」
仮入部しても、辞める前提であれば入る意味がない。
それならずっと続けるぐらいの気持ちでやりたいのだが……。
あと一歩がどうしても踏み出せない。
壁かけの時計の針が無機質に音を刻んでいると、不意にこんこんとドアが鳴った。
どうぞ、と大谷先生が促すと、彼女は現れた。
「――誰かと思ったら、大谷先生でしたか」
「今日は活動日じゃないのに熱心ですね、平沢さん」
「忘れ物を取りに来ただけですから。……その二人は?」
「ええ、この二人は――」
「ちょっ、ちょっといいですか……!?」
質問の答えを遮って、龍一が驚愕した様子で問いかけていた。
「な、なんで……ここにプロのラノベ作家がいるんですか……!?」