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無駄に注目は浴びるし、なんなら佐々木香菜はまた告白する。

「龍一! どういうことだよ!」


 瑛太が絶叫するまでもなく、教室がカオスへと様変わりした。

 その突然すぎるスポットライトはあまりに眩しく、騒がしい。

 佐々木香菜の告白は、スクープなんてレベルを超えた事件として受け入れられた。

 一方で、主演男優に指名された龍一は口をぽかんと開けたまま、何も喋ることができない。

 答えを求めるクラスメイトの人だかりができようとしたところで、柏手が鳴った。


「みなさん、落ち着いてください。今はホームルームの時間です。席について静粛に。――それと佐々木さん、発言には気をつけてください」

「……すみません」

「想定とは違う形にはなりましたが、自己紹介はこの程度にしておきましょう。佐々木さん、席はあちらの――間宮くんの後ろの席へお願いします」


 奇しくも香菜の席は、龍一の真後ろ――窓際最後尾に配置されていた。

 二人をはやし立てる声があちらこちらから聞こえる。

 そのなかでもしっかりとした足取りで、香菜は席へ向かっていった。


「――お、おい。香菜、今のは……?」


 すれ違う香菜に、龍一は唇を震わせながら問いかける。

 たとえ冗談のつもりでも、転校初日の自己紹介であんな発言をする意図がまったくもって理解できなかった。

 龍一とは対照的に、香菜は満面の笑みでこう言った。


「既成事実は早めにつくらないと」

「……はぁ?」

 

 わからない。

 何一つわからない。

 龍一には今の一分間で起こった出来事すべてがわからなかった。


「それではホームルームの続きをします。この二年B組は文系選択クラスということもあり――」


 大谷先生の話が耳に入っては、そのまま抜けていく。

 龍一は恨めしそうにすぐ後ろの香菜を見やるが、香菜は笑顔を返してくるだけでなんの説明もなかった。

 かつての幼馴染が落とした爆弾の意味を考えていると、時間はあっという間に過ぎていった。


「以上でホームルームを終わります。明日からは通常授業になりますので、今日配布した教科書類を忘れないようにしてください。あと、間宮くん、佐々木さんは私と一緒にきてください」


 渦中の二人が連れて行かれることにクラス内から不満の声が上がる様子を見て、「もう私、お嫁に行けないかも……」と龍一は肝を冷やした。

 他人の色恋沙汰ほど見ていて楽しいものはないが、いざ自分も巻き込まれるとなると話は別だ。

 これから最低一週間――いやそれ以上、噂話を立てられるなかで暮らしていかなければならないのだ。

 新学期が始まったばかりでなんという罰ゲーム……。


「――間宮くん、ついてきてください」


 しばらく呆けていると、大谷先生が再度龍一を呼び寄せた。

 あわてて席を立つと、瑛太が「明日詳しく訊くからな」と釘をさしてきた。

 詳しくもなにもあったもんじゃない。

 龍一は「ははっ……」と乾いた笑いを浮かべて、教室をあとにした。


「あんな斬新な自己紹介は教師人生初めてです。まるでドラマのワンシーンみたいでした」


 廊下を淡々と歩きながら、大谷先生が表情を変えることなく感想を言い始めたものだから、龍一が「勘違いしないでください!」と釈明した。

 何が違うのですか、と大谷先生は首をかしげた。


「べっ、別に俺、こいつとなんて付き合っていないですからね!」

「頬を赤らめながらそんな台詞言われると少し気持ち悪いですね。……そうですね、間宮くんにしては勿体無いくらいの彼女だと思いましたが」


 いやそれどういうことだよ……。

 思ってても口にするなよ……。


「大谷先生、そんなことはありません。間宮くんは裏表のない素敵な男性です」

「香菜……お前……! ――って危うく感動しかけたじゃねぇーか! もとはといえばお前があんなこと言わなければ――」

「だって好きだもん、龍一のこと」

「は……はぁ?」

「昔は恥ずかしくて言えなかったけど、今の私なら自信を持って言えるし、龍一に見合うような女の子になるために努力してきたから。――ねぇ、龍一。私なんかじゃ、だめ……かな?」


 潤んだ目で龍一を見上げる香菜がいた。

 演技なんかじゃない、まっすぐな視線だった。

 そんな目で見つめるなよ、と龍一は思った。

 こんなときどう返せばいいのか――。


「間宮くん、こんな機会めったにありません。一度試しに付き合ってみたらいかがですか? 相性が悪かったら捨てればいいだけですし」

「先生の恋愛観どうなってるんですか……。化粧品のテスターじゃないんですよ、これは……」

「そうでなくても、佐々木さんは返事を待っているように見受けられますが」


 そう言われて、龍一は再び香菜を視界に入れた。

 生まれて初めての恋の告白だった。

 あの引っ越しまでは、毎日のように時間を共にした香菜。

 昔の印象とは変わって、確かに正直、「かわいくなった」と今思ってしまった。

 そんな女の子が好意を寄せてくれているのだ……。

 それだけにこの返事は重要だった。


「――ごめん、香菜。今すぐに返答はできない」

「……そっか」

「やり方はかなり強引だったけど、好意は伝わったよ。ありがとう。でもまだ今のお前と過ごした時間が少なすぎるし、俺も気持ちの整理が……」

「それって、まだ彼女候補でいてくれるってこと?」

「候補っていうか……、もうすこし一緒にいてから判断したい」

「……うん、わかった」


 思いを伝え終わると、香菜はコクリと頷いた。

 どうやらそれで納得してくれたようだ。

 小声で「計画通り……」と聞こえたような気もしたが、聞き間違えかもしれない。


「いいですね、青春ですね」 

「こんな青春の形がありますか……」

「青春なんて思い通りの形にならないものです。それでも他人が見たら、羨むものです。――さあ、目的地に着きました」

 

 三人が到着したのは人気のすくない二号館の一階。

 いわゆる文化系の部室が集まる一帯に、その朽ち掛けの木札がかけられていた。


「ここが佐々木さん入部希望の文芸部です。私、大谷鏡子が顧問をつとめています。綺麗とは言えませんが、コーヒーぐらいは用意できるので、中にどうぞ」

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