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腐れ縁には呆れられるし、なんなら佐々木香菜には爆弾を落とされた。

 がらんどうの教室で龍一が待っていると、続々と生徒がなだれ込んできた。

 話した覚えのない人は多いものの、見知らぬ顔はほとんどなかった。

 A~C組は特進クラスに位置づけされていて、三年間はほぼこのメンバーでクラス替えがされる上、体育や特別補修では合同授業の形態を取る場合が多い。

 しかも授業効率の向上を図るせいか、一クラスは20名ほどの少人数で構成されているとあり、自然と話し相手ができていくのだ。

 ただ、その流れにあぶれた者は三年間ぼっちの人生を歩むことになる運命になるのだが……。


「お、ちゃんと学校きてるじゃん」


 教壇に置かれた席順のプリントを頼りに、龍一の横に爽やかな青年が腰掛けた。

 体育会系のテンションは好きになれない龍一だったが、変なノリを強要するわけでもなく、裏表のないこの坊主頭だけは友達で居続けられている。

 

「また同じクラスとは腐れ縁だな」

「ここまでくると、その縁は腐ってなさそうだね」


 龍一の苦笑に、目の前の坊主頭が白い歯を見せてはにかんだ。

 愛川瑛太は龍一の多くない友達の一人だった。

 帰宅部で比較的内向的といえる龍一に対し、なんのシールドもなく絡んでくれるのは、小中高と同じ学校を共にしているからだろう。

 良いところも嫌なところも知り尽くせば、フラットな関係が出来上がっていた。


 地元の中学校出身とはいえ、そこから坂上学園に入学するのは年間10人程度。

 しかも小中学と同じ学び舎を経験した学友が、高校でも一緒のクラスになる確率は言うまでもなく低くなる。

 それにもかかわらず、龍一と瑛太はこれまで何度かはクラスを離れ離れになったことはあるが、そのほとんどは同じ教室で接してきた仲になる。

 腐れ縁との表現はあながち間違ってもいなさそうだ。

 

「んで、この名簿に紅一点あるのにはもちろん気づいたよね?」

「……まぁな」

「よほどのことがなければ、あの佐々木さんだよね」


 瑛太が指差すのは佐々木香菜だった。

 他のクラスメイトよりも関心を寄せるのも無理はない。

 小学校最後の夏休みに大阪へと突然引っ越したあの出来事は、とてもショッキングな思い出として心に刻み込まれている。

 その佐々木香菜が東京に戻ってくるとなれば、瑛太の興奮も隠しきれないというものであった。


「――実はさっき一緒に登校してきた」

「はっ、まじで? 抜け駆けしつつ、しかも重役出勤ってどんな関係よ!?」


 思わず顔を寄せる瑛太を払うと、龍一は弁解した。

 当然、抱きついてきたことは抜きにして。


「あいつ、あの歳で方向音痴治ってなかったらしい」

「えぇ……もういい歳してんのに」

「だよな。んで、青梅街道でなぜか迷子になっていたところを救出して、学校まで送り届けてやった」

「やるじゃん、龍一!」

「だろ?」

「……でも始業式出られなかったってことは、龍一はまた寝坊かなんかだよね。それで妹さんに無理やり起こされて仕方なく自転車乗ってたら、たまたま佐々木さん見つけちゃった感じとか?」

「そのめっちゃ早口やめろ。あとお前、最近テレビに全然特集されなくなった超能力捜査官か霊能力者かよ……」


 その推理が外れていなかっただけに、どこまで見透かされているのか、この長年の仲を逆に恨んだ龍一だった。

 ああてかさ、と瑛太が付け足す。


「佐々木さん、どうだった?」

「……どうだったって言うと?」

「そりゃもう、こんだけ会ってなければ色々変わってるもんでしょ」

「ああ、そういう意味か。あいつなんか結構活発的になってた。会話が何不自由なくできる」

「いやいや昔からできたっしょ」

「あー、なんて言えばいいかな……」


 そういう意味ではないのだ。

 龍一にとってのかつての幼馴染は、本ばかり読んで自分よりも内気な女の子だった。

 口数も少なくて、何かを言おうとしてもまごついて――。

 そんな香菜があんなに自分を言葉で表現できるようになったのは、とても新鮮に龍一の目には映ったのだ。


「後は会って話してみてくれ。それとな、瑛太。香菜のやつ、眼鏡とってた」

「おぉ! デビューしちゃった感じだね」

「そんなところだろうな」

「んで、可愛くなってた? 俺、結構佐々木さんって磨けば光るタイプだと思ってたんだけど」

「んな宝石みたいなやつじゃねーよ。一応『すごい女の子っぽくなったな』って言ってやったけど」


 は? と瑛太が目をきょとんとさせた。


「それ、もしかして佐々木さん本人に言ったの?」

「言ったけどどうした?」

「……はぁ。龍一はある意味期待を裏切らないね。それで、佐々木さんはなんて?」

「よく聞き取れなかったけど、ばかじゃないかみたいなこと言ってた」

「――重症だ、それは」


 なんだよ重症って、と龍一が言いかけたところで、前方の戸がスライドした。

 その瞬間には教室のざわめきは頂点に達していたが、主役はまだお預けのようで大谷先生だけが登壇した。


「あらためて。二年B組を担当します、大谷鏡子です。よろしくお願いします。あと、はやる気持ちもわかりますがもっと静かに」


 黒板に擦れるチョークの音は、やはり生徒たちの好奇心がかき消した。

 静かに待ってなんていられなかった。

 皆が皆、彼女の登場を待っている。


「気づいているでしょうが転校生が来ているので、紹介します。――佐々木さん、なかへ」


 すらりと華奢な体躯が特徴的な香菜が教室に踏み入れると、クラスメイトの歓声が花火みたいに一気に上がった。

 緊張した面持ちですこし切れ長の目を不安そうに瞬かせていたが、龍一を見つけるなり、氷が溶けるように笑みをこぼした。


「佐々木さんは中学校に上がる前に大阪に転校し、今回また東京に戻ってきたそうです。佐々木さん、自己紹介を」

「――はじめまして。佐々木香菜です」


 アイドルのライブかと見紛うくらいの熱烈さでもって、香菜は受け入れられた。

 名前かわいいとかそもそも顔かわいいとか思い思いの感想が飛び交った。


「早く皆さんと仲良くやりたいと思っています。よろしくお願いします」


 よろしくー!

 クラスの心が一つになった瞬間だった。


「あと、私。――間宮龍一くんと、結婚します」


 ――え?

 なんでもない自己紹介。

 とんでもない爆弾が落とされた。

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