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幼馴染と登校してるけど胸のときめきはないし、なんなら遅刻する。

 ――いや、めでたしじゃねぇ。

 そもそも物語は終わってもいないし、一日は始まったばかりだ。


「ほら、もう思い出したでしょ?」

「いや、その……」

「……ぶー」


 あいまいな反応に不機嫌な声が漏れると、押し当てられるだけ押し当てられた龍一は解放された。

 まるでジェットコースターみたいな瞬間だった。

 抱きしめられたときに倒れた自転車を戻しながら(ガードレールと接触したせいか前かごに傷が増えていたので軽く殺意を覚えつつ)、龍一は思いを巡らせる。

 こんな痴女癖のある女の子と知り合いだっただろうかと、記憶のタンスに手をかけようとしたがやめた。 

 思い出せないものは思い出せないのだ。

 頬をふくらませる彼女に、素直にこう話した。


「ごめん。せっかくの再会ムードだったんだけど、俺、思い出せない」

「思い出せない……?」

「あの、昔どこかで会ったことあるかな?」

「昔どこかで会ったことがある……?」


 やめやめろ!

 オウム返しがすごく冷たい!

 眉間のしわがとっても怖い!


「……あのさぁ、これ見ても思い出せない?」


 恐れおののく龍一に対し、女子高生は呆れたように手の甲をそっと見せてきた。

 息を呑んだ。

 そこにあったのは縦に入った傷跡だった。

 長さにして3cmはあろうかというその裂傷痕だけ、肌色よりも白くあるいはピンクを帯びている。

 傷自体は完治しているみたいだが、切った範囲が大きかったせいか、跡が残ってしまったのだろう。


 そして、龍一の記憶の輪が繋がりはじめた。

 自分よりも高い背なのに臆病で、黒縁メガネ。

 おとなしく本ばかり読んでたのに、外で遊ぶとなったらいつも後ろをついてきた。

 会話が苦手で自分から主張はしないくせに、実は頑固でどんなときも自分を曲げない。

 別れの日に「離れたくない」と泣きすがってきた、彼女の名前は。


「もしかして――」


 あの頃の記憶のなかで、間違いなく大切だったあの名前を龍一は口にする。


「香菜、か?」

「――やっと名前で呼んでくれた」


 その表情は泣き笑いに近しいものだった。

 あの頃とは背も、容姿も、性格も違う幼馴染がそこに立っていた。


「信じられねぇ。本当に香菜か?」

「私を幽霊みたいに言わないで」

「……わりぃ。なんつーか、全然気づかなかった」

「でしょうね。さっきのあれからして、龍一は私のことなんて忘れてるって思っちゃった」

「そんなこと――」


 そんなこと、あった。

 けど。


「なんで東京いんの? その制服は?」

「親が転勤でまた戻ってきた。んで、坂上学園に転入したの」

「そ、そっか。んでお前、眼鏡は?」

「中学に入ってからコンタクトにした」

「背、縮んだな」

「龍一が伸びただけでしょ」

「髪なんかサラサラだな」

「それって褒めてんの? けなしてんの?」

「ていうか会話得意になったんだな」

「こんな一問一答で判断しないで」


「あと――すごい女の子っぽくなったな、お前」


 思ったことを口にしただけだったのに、香菜からの返事はすぐには来なかった。

 ややあって、龍一の言葉に顔をうつむけていた彼女が「ばかじゃないの」と呟いた。

 その頬にはうっすらと薄紅色がさしていた。


「どうした、風邪でもひいてんのか? 昔からよくなってたよな」

「そうそう、季節の変わり目にはよく――ってひいてないから! って、時間やば」


 香菜の指摘でスマホの時間を見ると、もう始業式直前だった。

 これからどんなに急いでも、遅刻は免れないだろう。


「こりゃ間に合わないな。諦めろ」

「えっ、ちょっ、まじで? 私、転入初日からそんなの嫌なんだけど!」

「いや、そもそも遅刻寸前の時間にそっちも自転車必死に走らせてたじゃねぇか!」

「早くに家は出たから! 余裕を持って登校して、テンプレみたいな転校生生活に突入するはずだったの!」

「じゃあなんでこんな時間になってんだよ!」

「う……。――み、道に間違えたから……」


 慣れ親しんだ中野坂上で何やってんだ……と龍一は頭を抱えた。

 そういえばこいつ方向音痴だっけ、と小学校の頃を思い返す。

 約束していた集合場所に遅れること両手じゃ数え切れないほど。

 たまに自転車の先導を任せると、「このビル見覚えがある!」って言って、決まって逆方向に行ったものだ。


 しっかりグーグルマップで予習はしてきたんだけど、変な道教えてくるから……ともじもじ言い訳をする香菜に、「ああ、こいつは根っこのところで変わっていないんだな」と龍一はなぜか安心した。

 見違えるほどの容姿に、ちょっと強気になった口調。

 それでも香菜は、あのときの面影を残していた。

 

「ほら、行くぞ。後ろついてくれば迷わねぇだろ」

「……うん」


 そうして二人は自転車を走らせた。

 香菜が「もっと急いで」と言い、「はいはい」と龍一が手をあげる。 

 それは過去に何度と見た光景だった。

「……もう、離れないから」


 消え入るような声で香菜がつぶやいた。

 なんか言ったかと龍一が振り返るが、ううんと首を振った。

 

「――なんでもない!」

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