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見知らぬ女子高生との出逢いはラブコメじゃないし、なんなら当ててきた。

 冷蔵庫にあった一日分の野菜の紙パックを放り込んでから、自宅マンションの駐輪場を出発した。

 愛車はサビがいっぱいの水色ママチャリ(三段変速)。

 中学の頃から使っている相棒とも呼べる存在は、時折悲鳴をあげるように軋むが、まだまだ現役だ。

 支度をしていたら時間もギリギリになっていたので、ペダルを繰る足をいつもより加速させようとするが、今日ばかりはうまく体重が乗っていかない。

 春休みの間何一つ身体を動かさなかったせいもあるが、そもそも睡眠不足だ。

 本来昼までベッドインしていたはずの身体に鞭打っているせいか、足取りが軽くなるどころかあくびさえも出てきた。


「そんな生活、か」


 大口を開けたら涙が滲んできた。

 拭き取りながら、葵の言葉をリフレインする。

 そりゃお前からしたらどうしようもない生活かもしれないけど、この生活は意外と悪くないぞと龍一は思う。


 人は輝くもの――芸能人やスポーツ選手、ミュージシャンに憧れることがあるが、その夢に届くのはほんの一握りだけ。

 大多数の人間の夢は叶わず、それなりの人生を歩んでいくのだ。

 別に悪いとは言っていない。

 むしろ、それは大勢が経験する通過儀礼だ。


 だからこそ、最初から背伸びなんてしなければいい。

 身の程を知り、手の届かないほうへは伸ばさなければ、過ちを犯すこともないのだ。

 今日だって、同じだ。

 急がなければ始業式に間に合わないことは明らかなのに、ちんたらとペダルを漕いでいる。

 でもそれが重要だ。

 遅れたっていい、怒られたっていい。

 まずは自分のできる範囲でたどり着ければいい。


 そんな等身大の考えで自転車を走らせていると、自然と景色もゆっくり見えてくる。

 幹線道路のめまぐるしい往来が自分を追い越していく。

 まるでその風圧がこちらにも横殴りに打ち付けてくるようだった。


 ふと、横から女子高生が立ち漕ぎで龍一を抜いていった。

 かなりのスピードだ。

 さては寝坊でもしたのだろうか?

 空気を孕んだスカートが風に煽られ、次第に姿が小さくなる――はずだったのだが、その自転車はすぐに急ブレーキをかけた。

 それからは早かった。

 道端にスタンドを上げて自転車を止めるなり、龍一の行く手を阻むように両腕を大きく広げてきたのだ。

 って、あれ、なんだこの不自然な景色?


 両手で思い切りブレーキを引いて、すんでのところでストップすると、彼女が危険を察知したのか二歩三歩と後ずさり……。

 いや、止めてきたのそっちじゃねぇか……。 

 龍一は眉をひそめて、不快感を露わにした。


「……あの、すんません。なんか用すか?」


 異様な構図だった。

 身を挺して自転車を止める女子高生――。

 制服はウチの高校のものだと見受けられるが、会った記憶も話した記憶もない。

 肩までかかったストレートヘアーに、ばさばさとしたまつ毛。 

 それに風が吹いたら折れそうなくらい細い足が特徴的だった。


「……」


 女子高生は無言のまま、龍一の顔をじとりと見つめていた。

 その視線は髪の毛から顎の先まで、なんでも鑑定団かよってくらいに可もなく不可もない没個性フェイスを凝視していた。

 ひとつ褒めるところがあるとすれば、他人よりもすこし鼻が高いくらい。

 そんな容姿的に秀でたところがない龍一の顔を、ここぞとばかりに観察しているのである。

 これはもしかしなくてもやべーやつに遭遇してしまったのでは、と龍一は嘆息する。


「ああ、やっぱり」


 見かけの想像よりは中性的なアルトボイスで、彼女は一笑して頷いた。

 なんだ、「やっぱり」ね。

 その後に続く言葉を龍一は知っている。

 ――やっぱり人違いだった、って。

 せっかくのんびりと通学していたところをくじかれ、こうして無駄なやり取りをされた挙句にポイされる運命なのだ。

 間宮龍一、なんて可愛そうな男……。


 まあ、このまま邪険に扱っても今の時代SNSですぐ拡散されて問題になりそうだし、体よくあしらっておくか……。

 ――あの、なにも無いならもう行くんで。

 よし、これにしようっていうか、これ以上の答えは見つかりもしない。

 龍一は塞がれていた進路とは別の方向にタイヤを直し、駆け出そうとする。


「あの、なにも無いならも――」

「龍一だよね?」


 その横から、柑橘の爽やかな香りが突き抜けた。

 ガードレールに倒れる自転車の音。

 近づく互いの顔と顔。

 頬にかかる吐息。

 人の柔らかさ。


「ちょっ……まっ……、うおおぉ!」 

「うわぁ、龍一だ! やっぱり龍一だ! 私のこと、忘れたなんて言わせないからね!」

「誰だよ! っていうか抱きつくな!」

「えっ、またまたぁ。将来を誓った仲じゃん」


 未確認女子高生はハグの力を一層強めた。

 すると身体はより密着し、龍一のお腹には今まで経験したことのないソフトで肉感的なアレが押し付けられた。

 彼女のサイズは一般平均よりも控えめではあったが、その感触は十分に反則だった。

 一種の事故とはいえ、これはチェリーな高校生が味わってはならない禁断の果実――。

 その甘さを覚えてはならぬと、龍一は彼女のそれが当たらないように必死にへそをひっこめる。


 しかし、我が身を引こうとするやいなや、向こうは磁石のようにくっついてくるではないか。

 これが、引き寄せの法則なのか――?


「待てっ! 待てってば! 当たってる! 当たってる!」

「……? なにが当たってるの?」

「胸っ! 胸が当たってる! よくわからないけど、それだけはわかるから! ダメだって!」

「ああ、胸?」

「そう! 胸!」

「――えへへ、大丈夫。当ててるから」


 あっ、あーっ。

 当ててる……。

 当ててるんだ……。

 それならセーフ、だよね? 

 めでたし、めでたし……?

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