それぞれの想いがあるし、なんなら初めてペンをとる。
「そうです。監督や演出、多くの出演者が必要な映画やドラマと違って、文を書くという創作活動は一人でもできます。最後は孤独にならなければ完成しないのが、文芸作品です」
――でも、皆と何か一つのものを作り上げる、というのも別の楽しさがあるのです。
そう言って、大谷先生は懐かしそうに目を細めた。
視線の先には、「坂上学園文芸部 文化祭号 2005秋」の背表紙があった。
「もしかして大谷先生も文芸部に?」
「ええ、そうです。私もここの卒業生で三年間文芸部に所属していました。今よりも部員は多少多くて、部室が狭く感じられましたね。なにより原稿の編集作業が大変でした」
その冊子の厚みが部員数の多さを物語っていた。
近年のそれは背表紙にタイトルを入れられないほど薄かったが、当時の冊子はマンガ単行本二冊を重ねたようなページ数だ。
今はややも広く感じられるこの部室も、足の踏み場がないぐらいに部員で溢れかえった時代があったということだろう。
「文化祭ごとにテーマを決めて――たとえばこの時は『秋の怪奇』で作品を集めましたね。普段そうしたジャンルを書かない人も、チャレンジの場と位置づけて執筆していました」
「チャレンジの場……」
「活動にどういった意義を見出すかは本人次第ですけどね。冊子を出したあとは品評会もあったので、そこで周りの意見を聞くためという人もいます」
「――正解は人それぞれ、ということですか」
「そのとおりです。間宮くんにとっての正解が聞き出せなくて、残念でしたか?」
いいえ、と龍一は笑った。
その笑顔につられて、大谷先生も優しい笑みを浮かべた。
「あの頃もインターネットさえあれば、作品を世に出すことは簡単でした。そんな時代に文芸部なんて要らないって意見を持つ人もいたでしょう。だけど、私には必要な場所でした。――そしてこれからもそういう場所だといいですね」
部室に春のやわらかい風が吹いたような、そんな気がした。
個人で完結できる創作活動だからこそ、文芸部には様々な想いが溢れている。
大谷先生も、凛も、茉莉花も。
そして、これから入部する香菜や、龍一も。
「私は別にそんな難しいこと考えなかったけどな」
「書きたいから書くし、ここにいたいからいるだけ」
「……ふふっ、そのぐらいのほうがいいかもしれません」
茉莉花と凛の言葉もまた、文芸部が好きだからこそ言えるのだろう。
そこにいるのが当たり前で、なくてはならない場所。
きっと彼女たちにとって、部室は行くのではなく、帰る場所であるはずだ。
「ところで、間宮くんは創作をしたいですか? 変な話、文芸部では創作を無理強いしてはいません。ここにある作品を読んだり、品評会参加でも立派な活動と言えます」
「俺は――」
頭に真っ先に思い浮かぶのは凛の作品だった。
すでにプロの場で活躍している先輩の文章を思い出して、気が迷う。
――俺があの人と同じ立場で作品を?
実力の差は天と地ほど歴然だ。
小説で稼いでいる人物の文章と、かたや素人のそれは比べるまでもないことはわかっている。
……だけど。
「俺は、小説を書いてみたいです。……書かないと、小説を知ることができないと思います」
「……わかりました。そしたら、出来る限り私もサポートしましょう。実力を伸ばせるかは保証できませんが」
「そこは保証してくださいよ!」
「文章は努力だけでどうにかなりませんから。かなしいことに才能も関係してくるのです。間宮くんは……どうでしょうか」
そうして、残念そうに手をあげる大谷先生だ。
えっ、書き始める前からなんですかそれ……。
「今、書いてもいないのにひどいって顔をしていますね」
「図星ですけど……」
「それでは、実際に書いてみましょうか」
「えっ、今ですか?」
「はい、そうです。経験者じゃなくてもすぐにできるゲームみたいなものです。……そうですね、佐々木さんもやってみませんか?」
「は、はい」
大谷先生はペンと紙を二人に渡し、こう言った。
「これから五分以内に、中野坂上駅について文章で説明してください」