平沢凛はコミュニケーションが独特だし、なんなら絶叫もおまけにやってきた。
3
日は変わって約束の水曜日。
香菜はすっかりクラスに馴染んだようで、放課後も仲良くなった友人たちとお喋りをしていた。
昨日の瑛太の機転もあって、友達をつくりたいという願いは叶ったようだ。
一方で机で考え込んでいるのは龍一だった。
結局、瑛太の発言の真意については、なんだかんだではぐらかされてしまい、聞けずじまいだった。
――大切にしろって、何か勘違いしていないか?
自己紹介の場で結婚宣言をした香菜だったが、それは翌日に冗談だと釈明したはずだ。
……まさか瑛太が本気で香菜を狙いに行くか?
と龍一は考えかけたが、ぶんぶんと首を振った。
そもそも瑛太には半年以上付き合っている彼女がいる。
そんな存在を反故にする性格ではないことは、長い付き合いの龍一が一番知っている。
じゃあ、なんであんなお願いを……と一人もんもんと悩んでいると、こんこんと机を叩かれた。
「あまりけわしい顔してると、女の子寄ってこないよ?」
「……うっせ。現に寄ってきてんじゃねぇか」
「性格わるーい」
そんな軽口を叩きながら、荷物をまとめて二人は出発した。
ときには相槌を打ちながら、ときには香菜が龍一の肩をはたきながら紡ぐ会話は、互いの距離感が近くなければできないものだ。
あいつら本当は付き合ってんじゃね……?
マジで結婚すんじゃね……?
二人が去ったクラスではそんな噂でまた盛り上がったのだが、主役はそんなことを知る由もなかったのだった。
「……こんにちはー、誰かいますかー」
二人は文芸部の部室の前にいた。
水曜日は数少ない文芸部の活動日。
前回は先生に連れられてやってきたからいいものの、今日は二人だけ。
校内の喧騒から離れた二号館は、しんとした空気が漂っていた。
「もう一回やろっか」
「……ああ」
「こんにちはー」
こういうノックは三回と相場は決まっている。
こんこんこん。
こんこんこん。
こんこんこんこんこんこんこん。
「なにお前、三三七拍子やってんだよ……」
「えっ、だって時々やりたくならない?」
「ならねぇよ……応援団じゃあるまいし……」
「でも女子ってムダにがんばれっていう歌詞好きだし、がんばってる自分偉いみたいな歌詞好きだよ?」
「だよ? じゃねぇ……。あまりバカにしてると西野カナのファンに刺されるぞ……」
ぶっちゃけ西野カナって曲だけはいいよな……、あれがサウンド・オブ・ミュージックの体現だ……。
すげェよ、西野カナは……と龍一が頷いていると、後ろから声がした。
「こんなところで何やってるの?」
平沢凛だった。
トレードマークの赤眼鏡をくいっと上げると、彼女は「ああ、一昨日の」と呟いた。
先に入ってよかったのに、と言いながら、彼女は部室へ入るよう左手で促した。
「コーヒーでいい?」
「あ、あのそんなお構いなく……」
香菜が止めようとするものの、聞いてか聞かずか凛は慣れた手つきで電気ケトルのコンセントをさした。
中央のテーブルにはミルクと砂糖が置かれた。
好みの味に自分で調整して、ということらしい。
「あなたはパクチーちゃん」
「一応、佐々木香菜です……」
「それであなたは……真中くん?」
「……間宮です」
「ごめんなさい。人の名前は覚えにくくて」
「ああ、いえ。いいんです……」
名前は忘れていたものの、顔は覚えていてくれたらしい。
それにその声音や表情から、龍一を遠ざけているようには見えない。
どうやら大谷先生の言ったとおり、あの発言で龍一を嫌いになったわけではないみたいだ。
「ここは文芸部です。そして私が部長になってしまった平沢凛」
コーヒーを持ってきた凛には悪いが、「知ってるよ……」と口には出さずに思う二人だった。
いささかコミュニケーションが噛み合ってない感はあるが、そのまま凛の話を聞くことにした。
「これは仮入部届」
二人の手元には一枚ずつ仮入部届と、黒のボールペンが置かれた。
仮入部を希望する部活動の名前、希望理由、自分の名前、顧問教員の押印欄だけの簡易的なものだ。
大谷先生が説明したとおり、坂上学園では一週間の仮入部期間を経て、正式な入部届を提出することになる。
その期間で、部活動の雰囲気や内容が自分に合っているか見極めろという趣旨だ。
「――とりあえず、書いて」
あまりに適当なイントロダクションだったが、とにかく署名をしないことには始まらない。
入部希望の理由を「小説が執筆したいため」と香菜は書き、龍一は「小説を知りたいから」と書いてペンを置いた。
凛は二人の仮入部届に目を通すと、「うん」と頷いた。
「あとはこれを大谷先生に見せれば大丈――」
「凛ちゃああああん!! ひっさしぶりいいいい!!」
ツインテールの来訪者は絶叫と共にやってきた。