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香菜は謝るし、なんなら受け入れられる。

       2


 教室に入ると、視線という視線を一気に浴びた気がした。

 ざわめきだった室内に突風が吹いたように静寂が訪れ、二人の挙動を皆が見守っている。

 その注目の原因は前日の香菜の発言に他ならない。


 ――間宮龍一くんと、結婚します。

 転校生の自己紹介とは思えない爆弾発言。

 にも関わらず、真相は語られないまま張本人たちは大谷先生に連れて行かれてしまったのだ。

 クラス内の関心の矛先はもはやあの二人にしか向いていなかったし、しかも今日は一緒に教室に入ってきたとなれば、そういう関係であることを示しているようなものだ。


 どこで出会ったんだ?

 いつ付き合いはじめたんだ?

 なんで間宮が?

 許嫁ってこれマジ?


 静かだった教室が壊れかけていた。

 彼らに対する噂話や憶測が伝播し、ひそひそ話がやがて大きなうねりになっていく。

 そんなさなかを二人は歩かなければならなかった。


「あの、昨日のことでお話があります!」


 龍一の肩がびくんと跳ね上がった。

 こ、こいついきなりなんだよ……と振り返ると、香菜が昨日と同じように教壇に立っていた。


「昨日、間宮くんと結婚するって言いましたけど、あれ冗談でした! ごめんなさい!」


 そう言って、香菜が頭を下げた。

 突然の謝罪にクラスはまた静まり返る。

 香菜は両目にかかった前髪を払うと、こう続けた。


「間宮くんとは小学校からの友達で、まさか同じクラスにいると思ってなくて……その、そういうイジりっていうか、最初のつかみで笑わせられればなと思ってあんなこと言ったんですけど、なんか変な感じになっちゃって」


 香菜はしどろもどろになりながら、今まさに考えたことをそのまま吐露しているように見えた。

 それが果たして解決への最善策かどうかは龍一にはわからないし、彼女が今つくっているストーリーに手助けはできない。

 ただこの試みはリスキ―だと言えた。

 冗談としてあの発言が受け取ってもらえるか?

 受け取ってもらえたとして、香菜はこれからクラスで浮くことにならないか?


「クラスの皆に誤解と――あと何より間宮くんに迷惑をかけちゃいました。本当にごめんなさい! 私はその、ただ皆と早く仲良くなりたかったというか、それだけで……」


 尻切れとんぼのように香菜の弁がフェードアウトすると、クラスには異様な空気が流れ始めた。

 それは謝罪を受け入れる、受け入れないではなくて、誰が一番先に香菜への反応を示すかの探り合いだった。

 仮にクラスのマジョリティと違う意見を言った場合、その人間は集中砲火を浴びてしまうことになるだろう。

 だから皆、誰かがいち早く手を挙げることを望んでいたし、そうした探り合いがこの雰囲気を生んでいたのだ。


「佐々木さん、そりゃないっしょ」


 その均衡が破られた。

 声の主は瑛太だった。

 龍一は「そりゃそうだよな……」とどこか納得した。

 結婚するなんて言ってから堂々と席に座っておいて、それが冗談なんて通じるわけがないのだ。


「――結婚相手、俺に選んでもらいたかったわー! 佐々木さん、もしかして俺のこと忘れちゃった?」

「……えっ、いや。あ、愛川くん、だよね……?」


 いや、まさか。

 もしかして、お前――。

 龍一がとっさに瑛太に目線をやると、片目で可愛らしくウインクをした。

 ベタなカッコつけだったけど、それが爽やかに見えるのは瑛太の特権だった。


「なんだ、やっぱ覚えてんじゃん! それなら俺に言ってくれればよかったなー。……龍一は正直イジっても冗談になんないからさ」

「……おい、それどういうことだよ」


 たまらず龍一がツッコむと、どこからか笑い声が聞こえた。

 不思議なもので笑いというものは一気に感染する。

 それはきっと、香菜のことを許した瞬間でもあった。

「昨日一日中変な詮索しちゃったじゃん!」「大阪帰りなのに冗談わかりにくすぎ」「まあこっちは楽しめたからいいけど!」と教室内で続々と声が上がった。


「佐々木さんって、俺と龍一と同じ小学校でさ。昔は結構地味だったんだけど、今はめっちゃ可愛くなってんだよね! それこそ龍一にはもったいないくらい」

「瑛太、お前いくら俺だからって、ディスりすぎじゃねぇか……」

「あはは、ごめんごめん! っていうわけで、ちょっとスタートダッシュは失敗って感じだったけど、大丈夫! 最初は緊張で変なこと言っちゃうこともあるし。――そうだ、もう一回自己紹介しようよ。それで失敗は取り消しで」


 瑛太が促すと、香菜は一度大きく息を吸って、吐いた。

 これが新しく敷かれた香菜のスタートラインだった。 


「――佐々木香菜です。早くクラスで友達をつくりたいです。よろしくお願いします!」


 言い終わると、温かい拍手が教室内を包みこんだ。

 それはまさに香菜を新しいクラスメイトとして受け入れ、祝福しているようだった。

 その光景を背に、龍一は自分の席に戻り、瑛太に「ありがとな」と小声で礼を言った。


「――こんな感じでよかったかな? 頭悪いからこういう風にしかできなかったけど」

「いや、充分すぎたよ。助かったわ」

「これで貸しが一つだね」

「ああ、なんでも言ってくれ」


「それじゃ、お願いしよっかな。――佐々木さんとのこと、ちゃんと大切にしてあげなよ」

「……え、なんだよそれ」

「言葉どおりの意味だよ。――あんまりのんびりしてると、俺が狙いにいっちゃうよ?」


 まさか、と思いつつ、龍一は笑って返すことができなかった。

 瑛太が今までに見せたことのない表情で、龍一を射抜いていたからだ。

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