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あの作品を読み返すし、なんなら決心する。

「ただいま」


 廊下から覗くリビングは昼間なのに暗かった。

 妹の葵はきっと部活のソフトボールに精を出しているのだろう、まだ帰宅していなかった。

 閉めていたカーテンをスライドさせ、買ってきたコンビニ弁当を温める。

 このメニューはもう数え切れないほど食べていた。


 両親が共働きのため、食事は自分たちで用意しなければならない。

 龍一の場合、買ってくるのはコンビニ飯かファストフードと決まっていた。

 いつもと同じ味、温めても人のぬくもりは感じない料理。

 はじめは家庭の味が土日しかないことに不満を抱いていたが、この歳になるともう慣れてしまった。


「短縮授業のくせにこんなに濃い一日になるとはな……」


 最後に残しておいた小窓のポテサラをつまみながら、龍一はひとりごちた。

 幼馴染との再会に、文芸部への勧誘、平沢先輩との出会い。

 それらすべてが今日の半分に濃縮されていたのだから、そう思うのも仕方ない。

 

 空になった弁当トレーを捨てていると、ポケットにあったスマートフォンが振動した。

 香菜からだった。

 ツインテールの少女の「おつかれ!」とのスタンプが躍ったあと、本人のコメントが一気に流れ込んだ。


『今日はありがとう! また明日よろしくね』

『その……今日は龍一に逢えてよかった。こっちも引っ越し前にどこの高校行ってるか調べた甲斐があったというか……』

『ああぁぁあ……やっぱ今の忘れて! LINEのコメ消し機能、もっと早く実装すればいいのに』

『もうこの際だから痕跡残すけど、私ずっと龍一のことが好き』

『大阪に引っ越したら少しは忘れられるかなと思ってたけど、やっぱり忘れられなかった』

『あの時助けてくれた優しい龍一が好き。優柔不断だけどなんだかんだ手を差し伸べてくれる龍一が好き』


 龍一が既読をつけていることも、返信をしていないことも、向こうは気づいているはず。

 それでもなお、香菜からの通知は止まらなかった。


『そんな龍一が好きになったものなら、ちゃんと向き合ってみればいいと思う』

『もう一度、大好きな作品を読み返してみればいいと思う』

『そこにもしかしたら、答えがあるかもしれないから』

『じゃあ、また明日』


 言いたいことだけを言って、終わってしまった。

 その強引さが香菜らしいと思いながら、『わかった。ありがとう』と短く返信した。

 そして、龍一は自分の部屋へ向かい、枕元にある一冊を拾い上げた。

 今まで何度も読んだ、平沢凛花の『ラブコメはセカイを裏切らない』だった。


 物語の概要はこうだ。

 どこにでもいる普通の高校生の遥斗は、毎日が退屈だった。

 クラスメイトたち以上に楽しい恋をしたいと思っていても、きっかけが何一つない生活。

 そんなときに親友の広夢から「体育祭委員会に入らないか?」との誘いが訪れる。

 はじめは面倒くささから拒んでいた遥斗だったが、委員会には片思いをしていた美佑がいることを知る。

「ラブコメを待ってはいけない。掴み取るものだ」と広夢が背中を押して、体育祭委員会に飛び込む遥斗。

 一途に美佑を追うその恋はなかなか実らないが、その様子を見ていた後輩の菜月が「先輩との仲、取り持ってあげます」と手を上げる。

 体育祭準備や美佑の誕生日にアプローチし、段々と仲を深めていく二人。

 いざ迎えた体育祭当日、思い切って告白をしようとする遥斗に「先輩ごめんなさい。私、先輩のことが好きになっちゃいました」と菜月が突然を告白をしてきて――。


 たぶんそれは、オトナが読んでも響かない内容かもしれない。

 この年代だからこそ、届く小説なのかもしれない。

 実際、何の取り柄もない遥斗がここまで美佑と親密になれるには描写が足りないと思うし、菜月が告白してくるのだって唐突すぎる。

 ただそれでも、好きな女の子と付き合いたいと必死になるその姿は笑えるぐらいに真剣だし、読み進めば読み進むほど「この恋が叶うといいな」と思えるぐらいの不思議な魅力を持った作品だった。

 いろんな糸のほつれはありはするものの、訴えかける言葉のパワーが上回っていたのだ。

 怒涛の展開の後にあっという間にクライマックスを迎え、物語は余韻すら残さず次巻へ続く内容になっていた。


「『――私はそれ、好きじゃないから』」


 ベッドに横たわり、作品を一気に読み終えると、龍一は彼女に言われた一言を口にした。

 一度はその言葉を飲み込もうとしていた。

 本心だと思いかけた。


 でもやっぱり、信じられなかった。

 何度読んでも――今日読んでもその物語は色あせないし、何より想いやメッセージがひしひしと胸に突き刺さってくる。

 そんな心を突き動かす作品を、本当に平沢先輩は嫌っているのだろうか?

 ライトノベル――それもラブコメが大嫌いなのだろうか?


「そうは、思えない」


 迷惑だって思われてもいい。

 いっそ、本当に自分のことを嫌いになってくれてもいい。

 だけど、伝えたかった。

 この物語を、本当の好きな人がいるということを。


『香菜、俺決めた』

『水曜日の文芸部一緒に行こう』


 ――そう、だって言っていたじゃないか。

 ラブコメを待ってはいけない。

 掴み取るものだ――って。

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