第1階「期待と不安」
車中から出て大きく深呼吸すると、長い旅路で凝り固まった体に桜の微かに甘い空気がしみわたってくる。
青々と茂る木々の合間からこぼれるあたたかな光の筋がとても心地いい
「ん、んああぁぁー」
「何だリョーマ、この程度の道中でくたびれてるのか、まだまだ修行が足りんな。」
「ほっとけ、俺は今温暖湿潤気候の恩恵を一身に受けてるんだヤマトさんもどう?」
「そうだな、俺もその恩恵ってやつを受けておくか」
この人はヤマトさん、本名オオノヤマト。職業は世界中に点在する迷宮を探索・研究し、迷宮によって発生するといわれている天災を阻止するという命を張った仕事をしている幼いころからの俺の憧れだ。
俺はそんなヤマトさんが迷宮を探索中に迷宮内に存在する安全地帯というモンスターのいない階層で生後間もない頃拾われた。まだ目も開いていなかったような赤ん坊だった俺を保護したヤマトさんは残りの仕事を早急に片付け、片手に俺を抱きかかえながら迷宮から帰還していったらしい。
その後、本人は面倒を見るといっていたらしいが職業柄2~3日家を空けるなんて当たり前の状態では流石に不可能だとヤマトさんが学生時代バイトで家庭教師をしていた児童養護施設の施設長に預けることになった。
でも、ヤマトさんは施設に預けた後もちょくちょく仕事の合間に顔を出し、俺や施設の友達の面倒を見てくれていた。
施設長が経営する併設の小中学校に通っている友達の勉強を教えていたり、近くの森林公園で鬼ごっこやチャンバラごっこをしたりと本当に万能超人かってほど何でもできていた。
なかでも、俺(というか施設の男子全員)が大好きだったのは長期の迷宮探索に帰ってきたヤマトさんが語る多種多様な冒険話だった。
火を吐く蜥蜴や鉱石を口から大砲のように吐き出す甲羅がやたら硬い亀、超高度な魔法で隠蔽された罠など想像もできないような冒険話に男子諸君は心を躍らせた。
そうしていくうちにヤマトさんは「凶撃のヤマト」と呼ばれテレビ出演するほど有名人になった。トレードマークである赤い鉢巻は子供たちがよくヒーローごっこをするときに使用されるヒーローグッズとなるほどだ。
今回は騒ぎにならないように鉢巻を外し、黒い渋めのサングラスをつけタンクトップにダメージジーンズという結構ラフな格好で、今年高校に進学し児童養護施設を出ることになった俺の引っ越しの手伝いをしてくれている。
「そろそろこの荷物ども片付けちまおうぜ」
「ヤマトさん、ありがとうな」
軽トラに積んだ大量の荷物に手をかけていたヤマトさんはこっちを向いたまま口をあんぐり開けている。
「何だ?急にむず痒いこと言って、車に頭でもぶつけたか?」
「いや、俺がこんなデカい高校で好きなことできるのはヤマトさんのおかげだと思ってね」
ヤマトさんは荷物に向き直るとズズっと鼻のすする音が聞こえてきた。
「え、嘘だろ?泣いてんの?」
「…泣いてねぇよ。ほらくだんねぇ事言ってねぇでさっさと荷物運んじまえ」
「お、おう。」
俺は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったヤマトさんに荷物の中からボックスティッシュを手渡し、荷物を運び始める。
布団に毛布、
衣装ケース、
衣装ケース、
郵送されていた自分の部屋を探し、3往復もするとヤマトさんが復活し一人では運べなかった棚などの大物を運ぶと俺はヤマトさんと俺の部屋で休むことになった。
「まさに学生寮って感じの色気のない壁だな」
「まぁ、ここにあと3年はいることになるんだし気になって壁紙張る人もいるらしいよ」
「で、リョーマはいつものやつか?」
「おう、この機会に新しい配置考えたから」
今俺は一番の趣味である迷宮と探索者フィギュアを自作した棚とジオラマに飾っていた。
大手おもちゃメーカー「オオナミコナミ」通称ナミナミで発売している本格派ミニフィギュアは大手探索者ギルドと業務提携し、実際のモンスターのデータから本物そっくりのフィギュアを作っている。全国のメジャーモンスターからマイナーモンスターまで幅広く網羅した「1/20魑魅魍魎シリーズ」や実際に活躍している探索者たちを3Dプリントした「未知に挑み続ける賢勇者」といったリアル思考のフィギュアからデフォルメされたミニキャラフィギュア「もんすたぁ」まで正にこの業界の先駆者といえる企業だ。
「しかし、また増えてねぇか?そのシュミの悪い人形」
「趣味悪いとはなんだよ、俺はいつもこうして様々な状況を飾ることでいつでも怪物どもと戦えるようにしてんだよ。」
「ほぼ毎日本物を目にしている俺から見てもよくできていると思うが、実際はこんなもんじゃねぇぞ?」
俺を脅すようにつぶやいたヤマトさんは俺の数多くあるフィギュアの中から一番大きな「マウンテントロール」のフィギュアを手に取り
「こいつなんて前情報なしで出会ったときは本気で死を覚悟したしな。」
体長約15mのその巨体に片手に3mもの大斧を持ったそいつは未だにどの探索者も発見=逃走以外の方程式を生み出せていない未攻略モンスターの一つだ。一部の研究者の間では最早人の手のみでの攻略は不可能なのではないかとの見解まで出てるほど危険なモンスターだ。
「その話は聞いた。でもそいつ目が合っても動かなかったんだろ?動きが遅ければ足首狙うなり、武器破壊を狙うなり色々できそうだけどなぁ。」
「こんな小さな世界で試行錯誤している甘ちゃんにはまだ知らないことが沢山あるってことだ。」
「分かってるよ。そのために俺にこの学校をわざわざ進めたんだろ?」
「そうだ。俺は探索者という仕事柄多くの生物が死んでいくのを見たがその中で(知っている)のと(知らない)のでは探索者の技術や才能では埋められない生存率の差がある。」
「モンスターの急所とか罠の発見とか?」
「もちろんそれだけじゃないがな。その点これからリョーマがこれから通う学校ならそういった知識面からヒノクニで唯一の“迷宮を所有する”学校だからできる実践的な面まで幅広くリョーマがこれから探索者をする道標になる重要なことを学べる。」
するとヤマトさんはチラッと視線を外すとおもむろに立ち上がり。
「ま、お前は頭がいいんだからしっかりと表チャンネルで働いて欲しいんだけどな」
「それはない。」
「…。じゃ、そろそろ現場行かねえとパーティーメンバーに迷惑かけちまうから行かねぇとな。」
「りょーかい。気をつけてな。」
「リョーマもな、風邪ひくなよ。」
そういって俺の部屋から出ていったヤマトさんを見送り、部屋の窓から下の軽トラを見送ろうと身を乗り出す。
柔らかく吹いた春の風と他の部屋に入る同期の新入生とその保護者のものだろう声が俺の頬を撫でた。
明日から始まる新学期、走り出す軽トラを眺めながらリョーマが思うのは期待か、不安か。
BAMBOOKです。
やっと投稿分が書けました。今日は初回投稿SPと題し、1時間ずつ3連投していきます。
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