閑話 かくして彼女は魔法を知る
C90に「パ25a 烏合」出す予定の小説です(最終話は8/14 12時更新)
その日は雨だった。
久語は公園の前で少しだけ立ち止まり、ベンチを見る。そして、すぐに歩き出した。
次に立ち止まったのは商店街の駄菓子屋の前だった。
「やってるかな」
呟くのが先か、古いドアノブに手をかけて開ける。古びた蝶番の軋む音が鳴った。
「いらっしゃいませ」
中から聞こえてきたのは女性の声。
「あれ?」
噂では男の先輩が店番をしているはずだ。久語は店を間違えたかと思ったが、それは一瞬で否定される。ドアを開けると、目の前にはいっぱいの駄菓子が並んでいた。
店の中に居たのは二人の女性。
一人は自分と同じ高校の制服の上に駄菓子屋のエプロンを付けている。もう一人は大きな帽子を被って椅子に座り、お菓子を食べている。帽子の女性の前の机には、店で買ったお菓子を広がっていた。
エプロンをつけている方の女性と久語の視線が合う。
「いらっしゃい? 外、雨でしょ。入って入って」
ドアの外から動かない久語の様子を見て、店番の女性が入店を促す。
「あっ、はい」
久語はドアを閉める。
「うちの高校の人だよね」
「はい」
「……お菓子見ないの?」
相変わらずドアの前からもじもじして動かない久語を見て、店番の女性は近づく。
「もしかして駄菓子屋、初めて?」
「いえ、あの、店番の人が男性だと聞いていたのでびっくりして」
「あぁ、布袋なら風邪。だから私が店番してるの。なんか用事?」
「いえ、あのびっくりしただけです」
久語は視線を机の上にやる。
「彼女は、ここの常連のねねこさん。少し雨が強くなったから、ここで雨宿りしてもらってたんだ」
「どうも」
「こんにちは」
久語とねねこが会釈を交わす。
「一つ二つ買ってくれたらお茶出すから、あなたも雨宿りしていけば? お茶で良い? あと、代金はこの机の上に置いてくれればいいから」
そう言ってエプロンの女性は裏手に引っ込んだ。
「強引ですよね、知世子さん」
ねねこは机の上を簡単に整理して、久語のスペースを作る。
「そ、そうですね」
チョコレート菓子とポテトチップスを買って、お代を机の上に置く。
それを持って久語は、ねねこの前に座った。
「このお店、初めてですよね」
ねねこはイチゴ味のグミを久語に渡す。
「ありがとうございます。――はい、先日クラスの人とこのお店のことを話していて、今日は雨だったので来てみようかなぁと」
「雨だったから?」
久語はグミを口に放る。
「はい。晴れている日は、この先の公園に居るので」
「でも、あそこ何もないですよね?」
「そうなんです。だから、良いんですよ」
久語の言葉の意図を理解できず、ねねこは首を傾げる。
「えっと、すみません。私、よくわからない事を言ってしまうみたいで……」
久語はねねこの様子を見て慌てる。
「気にしないでください。えっと――」
「久語といいます」
「久語さんがその場所が好きなら、それで良いんだと思います。私の方こそすみません」
ねねこはお茶を啜り、笑う。
「久語さんは公園で何をしているんですか?」
「えっと……」
久語は口ごもる。
「遠くを見ています……」
消え入りそうな声で言う。
「遠くを、ですか。何か見えるんですか、あの公園から」
「いえ、何も。ただ遠くを見ているんです」
「そういえば、遠くを見ると目に良いって聞きましたけど、そういう?」
「えっと、それもあるんですが、別に」
「そうなんですか?」
「はい。なので、遠くを見ることができるのと、あと、ちょっとした願掛けというか……」
「願掛け、ですか」
スナック菓子の袋をパーティ開けしながらねねこが聞き返す。
「はい」
久語は恥ずかしそうに頷いた。
それを見て、ねねこは少し考える。考えた後、久語の顔を見て言い始めた。
「突然こういう話をされると驚くと思うのですが、私の大事な方からの受け売りを一つ」
ねねこは帽子の傾きを直し、言う。
「――久語さんは人が魔法を使えるって言ったらそれを信じますか?」
「魔法ですか? 火を出したり、風を起こしたりっていう」
「そういうのとは違うんですけどね」
開けたお菓子を久語に薦める。
「真に信じ続けることで得られた奇跡的な事象、これを魔法って呼ぶんです。例えば、一寸法師。おとぎ話だと思いますか? 私は、彼が大きくなったという話の部分を信じています。信じられますか? そういうことが実際に起きると」
「……でも、それは作り話ですよね」
「そうですね。でも、私はかえるの王子様がお姫様のキスで人間の姿になったのも、シンデレラのかぼちゃの馬車もボロの服が綺麗なドレスに変わるのも実際に起き得ることだと信じています」
そう言いながら、ねねこは帽子の上をポンポンと叩いてはにかむ。
「私も、そういう経験があるので」
「……はぁ」
それにどう返せばよいかわからず、久語は固まる。
「でも、人が手をかざすだけで火をおこせたり、ということは信じられませんよね?」
「それは、はい」
「だから、それはできない。魔法を起こすにはちゃんと思っていることが起きると信じることが大事なんですよ」
「なるほど……」
すこし返答に戸惑っている様子の久語のリアクションを見て、ねねこは慌てて付け加えた。
「えっとですね、私が言いたかったのは、願掛けはちゃんと信じて行っていれば叶いますよ、ということでして……」
「あっ、はい。なるほど、すみません」
久語は申し訳なさそうに頭を下げる。
「叶うと良いですね、その願掛け」
「そう、ですね――ありがとうございます」
久語とねねこは顔を見合わせながら笑う。
「なんだ、仲良くなってるね! 私も混ぜて、混ぜて」
ちょうどそのとき、三人分のお茶をもって知世子が戻ってきた。
「み、店番はいいんですか?」
「良いの、良いの。どうせ雨の日なんて人来ないんだから」
「身も蓋もない……」
「いつもだって、この時間誰も来ないんだからさ」
知世子は笑いながら言うと、カウンターに百円を置き、かごをもって店内を練り歩く。
かごの中はみるみるお菓子で埋まっていった。
梅ジャム、ミルクせんべい、ごえんがあるよ。うまい棒のコーンポタージュ味、めんたい味、やさいサラダ味。夜空の星にきなこ棒。ヤングドーナツ、チョコバット。きゃべつ太郎、玉葱さん太郎、もろこし輪太郎、のし梅さん太郎、蒲焼さん太郎、焼肉さん太郎、BIGカツ、紐付き飴、どんどん焼き、ポテトフライてりやき味、どーん太郎、ブラックサンダー、串カステラ、面白ボーイコーラドリンク、お面白ボーイスポーツドリンク、モロッコヨーグル、まけんグミコーラ味、うまい輪チーズ味、そして、スーパーハートチップル。
それらを久語たちが座っているテーブルの上に置き、椅子を持ってくる。
「た、足りませんよね百円だと……」
久語のツッコミにねねこは苦笑いする。
「良いの、良いの。足りない分はバイト代みたいなものだから。さて、三人で食べようか」
机の上のお菓子の山をみて、ねねこはお腹をさする。
「夕飯、入りますかね……」
「お菓子は別腹だから大丈夫」
知世子は久語にきゃべつ太郎、ねねこに玉葱さん太郎を渡す。自分は山の中からもろこし輪太郎を取り出して封を切った。
「さて、何を話していたの?」
知世子はもろこし輪太郎を口の中に放り入れながら楽しそうに聞く。
お店の閉店時間の六時半を超えても三人の会話は止まることなく続いた。