第二話 至って普通の話
C90に「パ25a 烏合」出す予定の小説です(最終話は8/14 12時更新)
あれから数日間は久語さんと公園で会っていない。雨だったり、少し寒かったり、僕が先生に呼ばれたりと、まぁそんなことがあったので公園の前を通る度、久語さんがいるかどうかは確認していたが、居なかったのだ。
久語さんにも久語さんの用事がある。
やはり、久語さんはクラスでは会話が少ない方だ。
クラスの中の久語さんは、あの時みたいに変なことを言ったりしていない。多分。少なくとも、僕がクラスにいて聞こえてきた会話の中では。
耳を傾けてしっかり聞いているとか、そういうことはない。――ない、のだが……
「あの時、誤解だって言われたのが気になったのかもなぁ」
そうだとすれば無意識というのは怖いものだ。
今日も今日とて、通い慣れた通学路を歩いて帰宅する。
もう少しであの公園だ。
今日も少し遅い下校になったから久語さんは居ないだろう。
そう思っていたが、あの公園のベンチに少し大きめの紙袋を持った久語さんが座っていた。
久語さんは紙袋を膝の上に置き、ボーッと遠くを見ていた。
あの紙袋は何だろう、そう思いながら僕は歩く。久語さんは僕に気づいた様子はない。
公園の前に着き、僕は公園の中に入る。前回は恐る恐る挨拶をするためだけに入ったのに、今回はこの後に久語さんと話すのを楽しみにしている自分がいるのに気づき、驚いた。
正面に来ると視界に入るのか、久語さんが僕に気づく。久語さんはボーッと遠くを見ながら、僕に手を振った。
「器用……」
久語さんの前に立ち、挨拶をする。
「こんにちは」
久語さんは、僕に返しながら、席を空ける。
「こんにちは。――どうぞ」
久語さんは僕を席に促す。
「お久しぶり、です」
いざとなると、一週間弱も空いてしまったので、僕は妙に緊張している。
「そうだねぇ」
久語さんはどこ吹く風だ。
……僕は、いそいそと座る。
「その紙袋、何?」
僕はとりあえず、最大の疑問を片付ける。
「駄菓子」
久語さんは遠くを見ながら紙袋を僕に渡す。
「開けていいよ」
受け取った紙袋は、まぁまぁの重さだった。
「前話してたお店で買ったの?」
「そうそう。なんか考えてるうちに、いっぱい買ってた」
紙袋を開けると、いっぱいのお菓子が入っていた。
「すっごいね」
「今日は日座君来ると思ったから、少し多め」
「少し……」
有名どころのお菓子は軒並み、それに味も数種類ずつ入っている。
「大分欲張っちゃったかも? ここ暫く日座君来ないときに、何回かお店行ったんだ。そしたら、どんどん食べたいのが増えちゃって」
久語さんは恥ずかしそうに言う。
「まぁ、気持ちはわかるかな。――これとか、懐かしい」
うまい棒のコンポタージュ味を取り出して言う。
「子供会のイベントとかでやたらもらった記憶ある」
「それとめんたいこ味ね」
袋いっぱいの駄菓子を物色して、袋を久語さんに返す。
「日座君、どれがいい?」
「えっ?」
「いや、二人で食べるために買ってきたんだし」
「……じゃあ」
僕は少しためらいながらも、いただくことにする。
「うーん、いざ選ぶとなると、いっぱいありすぎて困る」
「ふむ。じゃあね……」
久語さんは袋を僕と反対側のスペースに置き、底の方から、三つ入りのグミを二つ取り出す。
「とりあえず、これで」
取り出した二つのうちの一つを貰い、久語さんに倣って食べ始める。
「久語さんは毎日ここにいたの?」
「雨の日以外はね。しばらくここにいて、駄菓子屋寄って帰ってた。日座君はその後帰ってたのかな」
「先生に呼ばれたり、ちょっと用事があったりしたからね」
「悪いことでもした?」
久語さんはからかうように言う。
「同じクラス何だから知ってるでしょ……。六月末にある課外学習のパンフレット印刷に無理やり駆り出されたの」
「そうだった、そうだった」
久語さんはわざとらしく頷く。
僕は深いため息をついて、本題を切り出す。
これを本題というのかは分からないけど。
「今日はここで何を考えてたの?」
「あー、っとね」
久語さんはそれを聞かれて突然焦りだす。
「あれ?」
「……今日はね、まだ、ね?」
袋の中からチョコ棒を取り出して乱暴に袋を開ける。
「いつも色々考えている訳じゃないんだ」
「そうだよ」
チョコ棒を食べながら久語さんは頷く。
「まぁ、そんなに簡単に色々思いつくものじゃないか」
「だね」
「そういうときは、ここでどうしてるの?」
「うーん、早めに切り上げたり、何も考えずにボーッとしたりしてるかな。今日は、これ買っちゃったからしばらく待ってみようかと」
久語さんは袋を掲げる。
「なるほどね」
空になったグミの入れ物が久語さんに回収され、代わりにスナック菓子とコーラのようなパッケージの不思議なドリンクが手渡される。
「パサつくと思って買ってみた。良いチョイスでしょ」
「ありがとう」
スナック菓子の袋をあけて、一口。きつめのソースの味が口の中に広がる。
二人で紙袋に入ったお菓子をモグモグと消化していく。
久語さんがうまい棒を二本食べ終えたところで、会話を切り出す。
「日座君ってさ、占いとかどこまで信じる?」
「占い?」
「朝の占いとか」
「まぁ、普通に信じる方かも」
悪いのが出た時とか、聞かないようにしてもつい聞いてしまう。
「でも、それってずっと信じてる?」
「ずっとって、その日一日中ってこと?」
「うん」
「それはさすがに信じてないね」
「だよねぇ」
久語さんは笑いながら同意する。
何か悪いことがあったときは、占いで言われていたなぁと思うぐらいだ。例えば占いで『ものを失くしやすいので気を付けて』と言われても朝からずっと意識することは無いだろう。
「久語さん、今日の占い悪かったの?」
「そうじゃないんだけどね」
久語さんは遠くを見ながらぽつりと言う。
「思い続けるっていうのは大変なことなんだなぁ、と」
「?」
僕は意図が分からず遠くを見る久語さんを見た。
「変な話かもしれないんだけどさ」
不思議な前置きを付けて久語さんは切り出し方を悩んでいるようだ。
前回の話だって変な話だったんだから、今更気にしなくても良いのに、とは言えず――
「どんな話?」
僕は無難な聞き方をする。
「占いの話じゃないんだけどね、雨の日に駄菓子屋さんの常連さんと一寸法師って童話を信じるか、って話をしたんだ」
「信じるって、何を?」
「本当にありえる話しかどうか、信じるかって」
「あぁ、そういうことか。でもそれ、おとぎ話だよね? 小さい体の武士が鬼にさらわれたお姫様を助けて、最後は打ち出の小槌で体が大きくなって幸せに暮らすってやつ」
大体の日本人が知っている、有名なおとぎ話の一つだ。
「そう。まぁ、おとぎ話だから信じるも信じないも無いと思うんだけど、その常連さんは、その信じているんだって。あれが本当にありえる話だって。特に、打ち出の小槌で大きくなる所」
「その人も不思議な人だね」
僕はスナックの袋を三本目のうまい棒を平らげた久語さんに差し出しながら言う。
「うん、そうだよね」
久語さんはお菓子を摘みながら、同意する。
「――って、なんか引っかかるんだけど、日座君?」
「気のせい、気のせい」
僕が素っ気なく否定すると、久語さんはため息をつきながら話を進める。
「ただ、その人が言うには、別に打ち出の小槌を信じているわけじゃないんだって」
「うん」
まぁ、それはそうだろう。打ち出の小槌のような都合の良いものがこの世にあるわけがない。
とはいえ、一寸サイズの人間が大きくなるというのも現実離れしているというか、作り話の中でしかあり得る話ではない。
「そういう道具じゃなくて、一寸法師が大きくなったっていう所を信じているんだってさ」
僕は久語さんからもらったコーラのようなジュースを開け、話半分に聞く。
「常連さんいわく、信じ続けることは稀にそういう奇跡的なことを起こすんだって。そういうのを信じているんだって」
「……」
僕は遠くを見て返答を考える。
普通の話の下らない話のようにも聞こえるし、ちょっと視線を変えれば宗教めいたものやオカルトの類のようなものにも聞こえる。
「あぁ、その駄菓子屋さんの常連さん、宗教の勧誘だったり、オカルティストだったりではないからね」
僕の悩みを見透かすように久語さんがフォローを入れる。
「なんていうかな……伝わりにくいよね」
「まぁ、うん」
そこは正直に返す。
「言いたかったのはね、その人いわく、真に信じ続けることで得られた奇跡的な事象を魔法って呼ぶんだって。大事な人の受け売りらしいんだけど、なんか、その言葉が面白かったということで」
「魔法、ね」
ますますオカルト染みた話になってきた。
「その魔法で僕は家と学校を瞬間移動みたいに往復できるのかな」
軽い冗談のつもりで僕は言う。
「それは無理だね」
「まぁ、そうだよね」
そう、冗談だ。魔法なんて存在しないんだから。
「日座君、それができるって信じられる?」
しかし、久語さんの否定の仕方は違った。
「信じられないよ。瞬間移動なんて、漫画みたいな話」
それはそうだ。
「でも、信じられないからできないんだってさ。できることはせいぜい、自分の中で現実として思えることなんだって。例えば、信号が全部青だったらいいなって時に偶然青信号だったりとか、ちょっと電車遅れてくれたら乗れるのに、っていう時に偶然電車が止まっていてくれたりとか」
「なんか、少しだけわかったような気がする」
それぐらいなら、イメージできるし、実際そういう経験は何度かある。
「起きたことは偶然に見えるんだけど、それは自分がそうであって欲しいって望んだ思いが引き起こした奇跡――つまり、魔法が生んだ結果なんだって。そういう捉え方って、なんか面白いかなぁって」
「ただ、信号が偶然青だったのは機械的に決まったタイミングに合ったからだよね」
「まぁ、そう捉えるのが普通なんだけど……」
久語さんも苦笑いをする。
「その魔法っていうの、ポジティブシンキングの一つみたいなものかな。機械的に決まった信号機の切り替えのタイミングというものはある。ただ、主語を信号機から自分に変えると、自分は『何か不思議なことに』、素敵なタイミングに遭遇してしまったと感じられるというか」
「まぁ、日座君の言う通りなんだと思う。――このカプリコを開けてみたら突然アイスに変わるみたいなことは起きないしね」
そう言いながら、久語さんは紙袋の中からカプリコを取り出して封を開ける。
「やっぱりカプリコだった」
久語さんは笑いながら、それを僕に見せて齧る。
「やっぱりカプリコだ」
味を確認して、再度言う。
「久語さんは魔法使いじゃないってことだ」
僕は茶化すように言った。
「なんか悔しいなぁ。――そうだ、日座君の持ってるジュースも、コーラだと思って飲めば炭酸がシュワシュワってするかもよ?」
「なるかな?」
「真に信じれば?」
「なるほど、信じてみよう」
僕はコーラによく似たパッケージのジュースを目の前にもってきて、目を瞑る。
なんとなく、瞑想をした方がコーラのイメージが出来そうな気がしたからだ。
「いいね、それっぽい。さぁ、日座君、コーラを飲むんだ。その手に持ったのはコーラだ。シュワシュワして、パチパチするコーラだ。イメージをするんだ!」
久語さんが面白おかしく囃し立てる。
僕は笑いを堪えながら、手に持っているものをコーラだと思ってみる。
これはコーラ。コーラ。シュワシュワして、パチパチするコーラ…………
僕は、十分イメージした後にドリンクを口に含む。
「……だめだ、コーラじゃない」
まぁ、当然そうなる。
「残念」
「だね。でも、真剣に頑張ってみたら、真に信じるっていうことが分かった気がする」
「どういうこと?」
「僕は頑張ってこれをコーラだと思おうとした。けど、形状だったり、触感がいつも飲んでいるコーラと全然違う」
僕はドリンクを久語さんに見せる。コーラの瓶に似せたビニール製の容器に、茶色と黒の間のような色をした甘い液体が入っている。
「そうすると、これが本当にコーラだとは思えないんだよね。コーラを飲んだ後の味のイメージはできるけど、形状が違うから、これがコーラだとは思えない。だから、結局これはコーラにはならない」
口に出してしまえば当たり前のことだ。
「真に信じるって難しいね」
「全く、本当に」
僕は久語さんの言葉に同意する。
「変に知識があると、それが邪魔をしてしまうんだね」
「そうだね」
一区切りついたところで、久語さんが遠くを見た。
「大分、暗くなってきたね」
公園の外灯に明かりが点くのももう少しだろう。
「今日は帰ろうかな」
久語さんはお菓子の袋を持って立ち上がる。
袋の中のお菓子は半分ぐらいに減っていた。
「大分食べたね」
そう言いながら、僕も立ち上がる。
「残りは家で食べようかな」
「弟さんと?」
「あー、そういう考えもあったか」
どうやら一人で食べるつもりだったらしい。
その日も僕と久語さんはゆっくり話しながら商店街を抜け、改札を抜け、左右に分かれた。