水森明花と落ちし絶望、そして射し込む一筋の光XI(振り抜く拳)
鷹藤君と、後で話を聞くという約束をしたわけだが、どうやら役員としての仕事が忙しいのか、中々会うことが出来ず、終業式の一日前となってしまった。
そして、その間に夏樹にも話し掛けられそうにはなっていたけど、どういうわけか、先生の手伝いだとか誰かからの呼び出しだとかで、こっちとも話せず。
「明日はもう終業式かぁ」
早いなぁ、とでも言いたげに、奏ちゃんがそう告げる。
「今年もクリスマスと年末準備で終わりなんだよね」
今年は元の世界とこの世界。どちらも年末年始の用意をしなくてはいけないから、いつもより大変になるのは目に見えている。
「そうだ。初詣、一緒に行く?」
去年は(飛鳥が)一緒に行っていなかったから、その提案なんだろうけど……
「行けるといいなぁ……」
何もなければ行けるとは思うんだけど、何もないとは言えないので、どうしようか悩み中だ。
「あれ、今年も無理そう?」
「それとも、御子柴君たちと行くの?」
こっちの予定を窺う真由美さんに、何を期待しているのか、目を輝かせる奏ちゃん。
「いや、あの面々はあの面々で行くでしょ」
クリスマスに会う予定があるし、私なんか居なくても問題ないはずだ。
「それもそっかぁ」
納得してもらえて何よりである。
そんなことよりも問題は飛鳥だ。完全浮上とまでは言えないけど、少しばかり浮上しかけることもあったから、年始には『飛鳥』として動くことは出来るかもしれない……気持ちが急降下することがなければ、だが。
☆★☆
飛鳥と明花。
何が違うかと言われたら、何かが違うとしか言いようがないだろう。
そんな『何か』を見分けることが出来た数人が、飛鳥と明花をそれぞれ認識し、それぞれに対して話をする。
「ここ数日、ずっと聞こうと思ってた」
場所は屋上へと向かうことのできる廊下。
向かい合うは、ずっと話そうとしていた人物。
「何で『お前』が出てきている」
こっちのことを知っているんだから、特に誤魔化す必要もないのだろう。
もし、誰かに聞かれていたとしても、関わりがないものには何の話なのか分かりもしないだろうし。
「『お前』とは、また心外だなぁ。まあ、理由を言うのなら、飛鳥の精神的疲労が原因だろうね。今回は完全に駄目になる前に代わったわけだが」
そもそも、私という存在自体は、言ってしまえば表人格である飛鳥の代理の人格のようなもので、逃げ道のようなものだから、こうして今は表に出ているわけなんだが。
「精神的疲労……?」
「まさか、自分にも原因があることを、分かってないのか?」
飛鳥は直接聞いていたはずなのだが、その理由に思い当たらないのか、自覚が無いのか。
「俺?」
「分かってないなら、分かってないで良いんだけどさ。少しの間、『私』が表に出るから」
「いや、事情。知らないだろ」
「知ってるよ。少なくとも、今の夏樹よりは、ね」
ずっと飛鳥の中にいて、情報共有もしている私が何故、現状把握できていないと思われているのだ。
それに、あんな状態の飛鳥を、今の夏樹に会わせるわけにはいかない。せめて、あと一週間ぐらいは遠ざける必要がありそうだ。
「何だよ、それ……大体――」
「私の存在理由を知っているのなら、あんまり干渉はしないことだよ」
『あの人』を失ったとき程でないにしろ、『彼女』の失踪時よりも、今回の件は自分が思ってる以上に負荷が掛かっているだろうから。
「今の飛鳥には逆効果だ」
「っ、明花。お前――」
「驚いた。私の名前は覚えてたんだ」
『彼女』の名前は忘れてるくせに、私の名前は覚えてるとか、飛鳥に関わることだからなのかは分からないが、もしそれが女神の仕業だったのだとしても、笑えてくる。
けど――その程度じゃ、やっぱり飛鳥には会わせられない。
「まあ、私のことなんてどうでもいいんだけどさ」
あれから日数は経ってる。
少しばかり確認の意味も含めて聞いてみようか。
「御子柴雪冬」
「は?」
「知ってる? っていうか、覚えてる?」
「お前、何言って――……?」
『明花』として聞くのは初めてだが、夏樹が反論しながらも、途中で首を傾げている。
――ああ、厄介な。
分からないわけがないだろうに。
先日、飛鳥が名前を出していたはずだ。
それなのに、その記憶すら奪うのか。
「っ、」
「明花?」
せっかくのクリスマス。
――近くにいるのに会えないのは、悲しいと思って。
――少しでも、あの人の喜ぶ顔が見れると思って。
姉弟の再会を画策していたというのに。
「歯ぁ、食いしばりなさい」
「は――?」
どうやら、計画が破綻したということよりも、気持ちの面での怒りの方が強かったらしい。
意識的な部分と無意識的な部分を持ちながら、私が出せる――最低限にして最高の威力のグーパンチを食らわせる。
「っ、」
「自分の血縁者ぐらい、ちゃんと覚えておけよ。バーカ!!」
実の姉を忘れるとか、冗談も程々にしてほしい。
そのまま振り返らずに、その場から離れる。
その際、誰かとすれ違った気もするけど、今は無視だ。
――ああ。手が、手の甲が痛い。
誰かを殴ったのは初めてか、久々か。
こんなに痛いのなら覚えているはずだけど、記憶に無いのなら、飛鳥がやったのか、思い出したくもない程のものなのか。
「やれやれ。任務は追加か。私は飛鳥じゃないんだから、どんな手段を使ってでも会ってほしいところだけど」
誰もいない空き教室で、窓の外に目を向ける。
ここなら、泣こうが何言おうが自由だろう。
「私は――飛鳥ほど、甘いつもりはないからな? クソ女神」
そして――私が去った場所では。
「あれ、今のって――……え? あれ? え?」
その場に居合わせたうちの一人である、鷺坂蓮は戸惑いの表情を浮かべたまま状況が把握できず、おろおろとし――
「……」
殴られた当人である御子柴夏樹は、その場に殴られた反動なのか、その場に座り込み――
「鷺坂、悪い。御子柴の方を頼む」
そして、鷺坂と同じくその場に居合わせたうちの一人である鷹藤晃はというと、鷺坂に夏樹のことを任せると、一人、飛鳥(明花)を追うのであった。




