水森明花と落ちし絶望、そして射し込む一筋の光Ⅹ(『もう一つの存在』として望むのは)
『明花』として表に出ているわけだが、私という存在を知る人が少ないために、『飛鳥』と入れ替わったことなど知るはずもないのだが、声を掛けてくる人というのは意外と居たりする。
「飛鳥」
まあ、飛鳥の振りして過ごすことなど、生まれてから何度もしてきたことなので、これが結構みんなを騙せたりするのだが。
「飛鳥」
正直、私のことをちゃんと『明花』として扱ってくれる小夜たちと話している方が楽と言えば楽で。
「飛鳥ってば!!」
「……っ、あ、私のことか」
名前を呼ばれながら、ぐいっと強く後ろに引かれたこともあって振り向けば、焦ったかのような表情の『彼女』がそこにいた。
「それで、どうしたの?」
「いや、それはこっちの台詞だよ。珍しくぼーっとしてたみたいだけど、どうしたの?」
「あー、ちょっと考え事してた」
「そっか。別に考え事はしててもいいけど、気を付けないとぶつかるし、階段から落ちるから気を付けないと」
どうやら、私はぶつかりそうになったり、階段から落ちかけようとしていたらしく、桜峰さんが慌てて止めに来たらしい。正直、感謝である。
「そうだね。声掛けてくれて、ありがとう」
「……! う、うん!」
気にしないで、と返されるが、どうにも彼女の反応を見ていると、勘違いしているようにも取れてしまう。
そもそも飛鳥だって、素直じゃなくても『ありがとう』の一つや二つは言っているだろうに……あれ、言ってるよね?
その後、彼女と別れて、校内を歩いていく。
正直、雪冬さんの元へは行きにくい。
だって、『雪冬さんの元へ夏樹を連れていく』という案を出したのは私だし、彼を連れてすらいないのに、このまま雪冬さんの元に向かうのは気が引ける。
じゃあ、どこに行くんだとなるのだが、この時期の屋上は寒いし、そもそも屋上に向かう通りも結構冷えているから、向かい辛い。
「……寒い」
何というか、体感的にも気持ち的にも。
飛鳥が声さえ掛けてくれればまた別なのかもしれないが、塞いでいる彼女に無理強いは出来ない。
「……空き教室、多いんだよなぁ」
暖房はあるが、使われてないせいで、ほんのり冷気が部屋を占めている。
でも、一人になれて、外からの寒さを凌げるのなら、まだマシだとも思えてきて。
「……」
飛鳥が塞ぎこんで、引きこもってるわけだが、復活するのに最低でも七日は掛かる。だからこそ、残り五日は『飛鳥』として表に出てないといけないのだが、冬休みもあるとはいえ、乗りきれるのかどうか不安である。
もしこのまま、飛鳥が三学期になっても塞ぎこんだままだと、正直厳しい部分も出てくるわけで……
「……ったく」
ここまであーだこーだと悩むのは、私の担当じゃないってのに、状況を把握してしまってるから、今さら無視も出来やしない。
「……まあ、私は――明花だから、別に沿う必要はないよね」
そもそも、今までだって私のやり方で切り抜けてきたわけだし、何よりその事をあの子は望んでいるのだから、こうなったら好きなようにやらせてもらおう。
「さて、と……」
くるりと方向転換をして、空き教室を出て、購買に向かう。
特に何かを買うわけでもないが、遠くから見るぐらいは許されるはずだ。
「……」
購買に向かいつつ、少しばかり周囲に視線を向ける。
どこからか向けられる視線が気になったので、炙り出すために空き教室とかに入ってはみたものの、その姿を見せてもらうことは叶わず、未だに泳がせっぱなしである。
早々に誘きだして、敵か味方かはっきりさせたかったし、そのまま山積みな問題の一つでも片付けようと思っていたんだけど……
「これは長引きそうだ」
飛鳥とは違う明花という存在に勘づいたのかどうかは分からないが、障害となり得るのであれば排除するまで。
――と、そんなことを考えていれば。
「水森」
呼ばれたので振り返ってみれば、そこに居たのは鷹藤君である。
「何か用?」
用件を尋ねてみれば、ぴくりと反応を示す。
そんな反応をされると思っていなかったのか、飛鳥と反応が違ったからなのかは分からないけど、違和感を覚えたのは間違いないんだろう。
「いや、少し話したいことが――」
「あ、いたいた。水森さん」
用件を口にしようとした鷹藤君を遮るかのように、横から声が掛けられる。
「どうしたの?」
「御子柴君が探してたっぽいから、そのこと伝えておこうかと」
「そっか……ありがとう」
伝えてくれた子たちが離れていくのを見つつ、どういうことだと考える。
夏樹に捜されるようなこと、した覚えは無いんだけどな。
あったとしても、『明花』の浮上ぐらいだろうけど、それぐらいで今さら捜したりはしないはずだ。
「水森」
「ああ、ごめん」
せっかく話そうとしてくれていたのに、遮ってしまったので謝罪すれば、「気にするな」と返される。
「それで、用件なんだが――」
――キーンコーン、カーンコーン。
聞き慣れた鐘の音が響く。
「チャイム……」
ようやく話せると思っていたのに、時間が来てしまったらしい。
時間を確認してみれば、授業開始五分前で、どうやら購買まで行く時間は無いみたいだし、鷹藤君の用件も、長引くようなものであれば、五分では無理だ。
で、肝心の鷹藤君はというと、どことなく落ち込んでいるようにも見えなくないため、さすがに、これには同情せざるを得ない。
「こ、今度で良いのなら、どこかで話そうか」
「いいのか?」
「長引くような内容のものなら、どこか別の場所で話した方が良いでしょ」
どうせ頭使う内容なら、立ったままではなく、座って考えたい。
「悪いな。気を使わせたみたいで」
「いや、別にいいよ。移動教室とかでもないし」
鷹藤君がどうなのかは知らないけど。
彼が自分の教室の方に向かうのを確認して、私も教室に戻る。
同じクラスということもあり、自分の席に着くまで、夏樹に何か言いたそうな目を向けられるが無視である。
私を捜していたのも、『明花のことに気づいたから話したい』というのが目的な気がするけど――それは本人に聞かないと分からない。
とりあえず、今は授業を聞きつつ、どうするべきか考えることにした。




