水森飛鳥と絶望へのカウントダウンⅡ(変わるものと変わらないもの)
「は?」
「え? いや、飛鳥先輩?」
戸惑うのは分かるが、鷹藤君は冷静だったらしい。
「真実がどうであれ、その場に行ってみるしかないだろ。水森、場所は分かるか?」
「微かに女子の悲鳴みたいなものも聞こえてきてたから、多分二年の廊下」
「そうか」
ほぼ同時に立ち上がって、その場へと向かってみれば、やはりと言うか、見事なまでに野次馬が出来ていた。
「ごめん、ちょっと通して」
そう言いながらも通してもらえば、何と言うか。頭が痛くなりそうな状況になっていた。
「咲希」
「飛鳥ぁ~」
状況把握が先だなと思って当事者を探せば、あっさりと見つかったので、声を掛ける。
「不安だったところ悪いけど、簡潔に状況説明お願い」
「あのね、最初は、要先輩たちが、宥めてくれてたんだけど、御子柴君の方も引かないし、何言ってるか分からないし、で……」
「で、会長がキレた、と」
「うん」
がっちりと私を抱き締めたまま離さないのを見ると、余っ程キレた会長が怖かったのだろう。
まあ、恋愛感情を抜きにした会長は普通に生徒思いだからなぁ。
「未夜先輩と斎木君が、頑張って止めてくれているんだけど、二人とも聞かなくって」
私が来たことで多少は落ち着いてきたんだろうけど、不安は完全に拭えていないらしい。
私としては、別に擁護するつもりはないけど、どちらかと言えば、現状的に会長の意見には賛成だからなぁ。
「あ、おい。水森。お前来たなら、御子柴を止めろよ」
「え、無理」
こっちに気づいたらしい斎木君が夏樹を羽交い締めしたまま声を掛けてくるし、そのせいで会長たちも気づいたことで、どうにかしろと目を向けられたけど、お断りである。
「即答ですかっ」
会長を押さえるの、辛そうだなぁ。副会長。
「いやもう、一度ぐらい物理攻撃食らわせてやっても良いって思ってましたし、それでどうにかなるほど今の夏樹が使い物にならないことは分かってますからね」
「……そうか」
それにしても……酷いなぁ。『金の鱗粉みたいなもの』が。
それに対し、会長の方は少なめなのが救いだけど、半分諦めモードなところが私と一緒な時点でそんなに期待してはいなかったんだろうな。
「でもまあ、途中で皆さんに丸投げした私にも責任がありますからね。どうにかしますよ」
「飛鳥……」
くるくると指を上に向けつつ回しながら言えば、何やら桜峰さんが嬉しそうにしているが、それは今後の様子を見てから言ってほしい。
「ーーッツ!!」
「ん?」
「何だ?」
「……何をしたんです?」
大きくびくりと跳ね上がり、耳を塞ぐような体勢のまま唸り声を発する夏樹と、それを見て不思議そうな顔をする斎木君と会長が疑問の声を洩らし、私が何かしたんだと判断したらしい副会長が聞いてくる。
「いえ、何もしていませんよ?」
「貴女が何もしてないはずがないでしょ? どうにかするって言った側からあんなの見せられて、貴女以外、彼に何かしたとは思えないんですがね」
うわ、酷い。
「まあ、このメンバーで干渉系の異能力って、水森先輩しかいないもんね」
「干渉は干渉でも、『音響干渉』だけどね」
鷺坂君のを訂正する。
あと、呼び方に関しては統一してほしい所ではあるが、みんなの前だから名字で呼んだのだと思っておくことにしよう。
「それで、何をしたんだ?」
「大音量で音楽を流してます。オーケストラ、ロック、クラシック……その他諸々ですね」
「うわ、えげつな……」
「え、何それ地味に怖い」
桜峰さん含め、何だか周囲と距離を感じるが、まあ仕方がないと言えば仕方がない。
「……そろそろ、止めてやってもらえないか? 御子柴の耳が聞こえなくなったら、水森も困るだろ」
「止めていいのなら、止めるけど……本当に良いの?」
「ついでに貴女の言うこと聞く程度には、上手いこと制御してくれると、こちらとしては有り難いんですがね」
結局そうなるのか。けどまあーー
「なら、恐怖政治でもしてみますか」
「やめなさい」
冷静に止められた。
「普通で良いんです。普通で」
「じゃあ、荒療治してみます」
「普通で、と言った側から、それですか」
だって、今の夏樹に付きっきりとか、絶対ストレスになるから嫌なんだけど……まあ、また何か言うと言い返されそうなので、黙っておく。
「それで、結局どうするんだ?」
斎木君に聞かれ、夏樹に目を向ける。
「離していいよ。多分、すぐには動けないだろうし」
大音量を止めてやる。
多分、すぐにはこちらの音が聞こえないだろうけど、次第に聞こえるようにはなるだろうから、文句の一つや二つの覚悟はしておこう。万が一、暴力に訴えてきたときは……臨機応変でいいか。
「水森がそう言うなら信じるけど……」
斎木君が解放すれば、夏樹は夏樹でその場に倒れ込む。
「……本当に大丈夫か?」
「五分も掛けてませんし、大丈夫じゃないんですか?」
いつの間にか副会長から解放されたらしい会長にも聞かれたので、そう返しておく。
「っ、」
夏樹の方は、といえば、ようやく落ち着いてきたのか、起き上がろうとする。
「……」
わぁ、睨まれた。
うーん、でも……
「私からの物理的な追撃が無かっただけ、まだマシだと思ってほしいなぁ」
「……それ、今やったことに対する言い訳じゃないよな?」
言い訳、言い訳ねぇ……
「まさか。それに、物理的な攻撃なら、やろうと思えば出来たわけだしね。あと本当に、会長に続いて物理的な攻撃が来なかっただけマシだと思ってほしいよ」
精神攻撃は基本ですから。
まあ、この場の誰よりも一番効果がありそうな人が、背後で何か言いたそうにしているから、場所を変わーー
「あの、御子柴君。あまり、みんなを困らせたり、怒らせるような真似をするのだけは止めてね。そのせいで、こんな騒動になっちゃったんだし」
ーーることは出来なかったけど、桜峰さん、人を盾にしながら言わないでほしい。
その事を視線で訴えてみれば、困ったような表情を返される。
「だって、飛鳥を怒らせると怖いこと、改めて思い知ったから……」
「怖いって思った人を盾にするとか、この状況の理由になってないからね?」
それにしても、桜峰さんに注意されただけで、そんなダメージを受けたような顔をしないでほしい。
いや、多分そのことを読み取れてるのは私だけなんだろうけど。
「おい、お前ら。修羅場を起こすのは勝手だが、授業開始のチャイムはもう鳴ったんだから、早く教室に入れ。移動教室組は早く移動する!」
いつの間に来ていたんだろう、教科担任の先生が声を掛けてくる。
「でも、この場をこのままには……」
「あ、それは大丈夫です。あとはこっちでやっておくので、先輩たちは早く教室に向かってください」
この場をそのままにしたまま立ち去れない、と言いたげな副会長にそう返し、「ねぇ?」と強調しつつ夏樹たちに目を向ければ、そっと逸らされる。
「いいんですか?」
「原因は分かってますから」
今回の原因は夏樹の行動だし、元を正せば、騒動を現在進行形で引き起こしている女神が原因だ。
まあ、そんなこと面と向かって言えるわけもないので、それだけに留めておく。
ちらりと確認してみれば、当の本人は顔を逸らしたまま。
「それでは、今はお任せします。ほら、要。行きますよ」
副会長が会長を引っ張っていく。
でも、「今は」って言ってたから、多分あとで様子を見に来るんだろうなぁ。
「……俺、今回ばかりは同じクラスじゃなくて良かったと思ったよ」
何やら同学年組が察したらしい。
「君たちも、さっさと教室に行きなよ」
「……いや、あ、うん。そうするよ……」
何となくこの場に残ろうとする気配があったから、軽く『さっさと行け』と気で訴えてみれば、どうやらそれを察したのか、二人が鷺坂君も連れて、この場から去っていく。
「……飛鳥」
桜峰さんが話し掛けてくる。
「全部引き受けちゃったみたいだけど、大丈夫なの?」
「ああ、それは大丈夫。私がしたのは、この場の解散のみだから」
特に生徒会役員たちのね。
「え?」
きょとんとされるが、さくっとやることは終わらせよう。
「あー、結構赤くなってるねぇ」
「っ、」
包むように軽く触れてやれば、今もまだ痛いのか、顔を歪められる。
てっきり痛さから振り払われるかと思ったんだけど、そんなこともなく、やるべきことをやっておく。
「ま、これで授業中は大丈夫でしょ。次の休みには保健室行きなさいよ?」
「……?」
そっと手を離してやれば、夏樹は夏樹で会長に殴られた場所を擦りながら、不思議そうな顔になる。
「あと、少しは自重してよ。幼馴染殿。暴力沙汰の当事者になられるとか、こっちも困るんだから」
「……」
分かったのか、分かってないのか。
聞いているのか、いないのか。
それは夏樹本人にしか分からないことだけどーー……
「御子柴君と何話してたの?」
「言っておかないといけないことを言ってただけだよ」
せめて、聞き入れてもらえると、私としても有り難いから。
「……痛みが消えた?」
夏樹の中に生じたであろう疑問に関しても、私はまだそのことについて答えるつもりもなければ、きっと教えたところで困らせるだけだろうから。
たとえ、この行動が良い方と悪い方、どちらに転ぶのだとしても、私は私のやるべきことをするだけだ。




