水森飛鳥と絶望へのカウントダウンⅠ(後輩たちのみで作戦会議)
前にも増して、夏樹が桜峰さんに甘い言葉を口にするようになった。
そうなった原因も分かってる。
私たちが妨害したり、桜峰さん自身も距離を取ろうとしたからだろう。
そんな、事の始まりとなった、数週間前の強風や地震という自然災害を利用した空間操作から始まり、数日前に感じた何かが切れたような『異変』。
私たちがこの世界ではイレギュラーであるためか、きっかけとなったであろうあの時は、空間の異変や違和感にすぐに気づけたことから、多分こちら側に干渉できるようにするための空間操作だったのではないのか、というのが神様談。
「でもまあ、さすがに今の君を別の立ち位置を塗り替えることまでは出来なかったみたいだけど」
「……」
神様曰く、私に掛けた加護の方が夏樹に掛けた加護よりも強力だったかららしい。
異変を感じたその日からの夏樹の行動は、桜峰さんに対して次第に甘い言葉を口にするようになっていったのだが、当然のことながら、桜峰さんは夏樹の急変や甘い言葉を口にし始めたときは驚いていたし、鳴宮君たちだって、いきなりすぎて訝しんでいたほどだ。
それで結局、何がどうなっているのかと神様に尋ねれば、やっぱりというべきか、女神による影響なのだと返された。
「それでね。少し厄介なことになってるんだけど……御子柴くん、攻略対象として書き換えられたみたいなんだよね」
「は……?」
最初は意味が分からなかったが、今思えば簡単なことだ。
夏樹は桜峰さんからしてみれば異性であり、私たちの存在が邪魔な第三者が私たち側の数を減らすために、夏樹を攻略対象として書き換えるのにちょうど良かったのだろう。
「……っ、」
だが逆に、変わったことがあれば、変わらないこともあるわけで。
「飛鳥せんぱーい、一緒に食べなーい?」
「水森さん、一緒に食べない?」
「……」
ああ、うるさい。
そんな気持ちとともに、思わず冷めた目を向けてしまった。
あの文化祭から誘拐騒動に掛けて以降、後輩庶務ーー鷺坂君は時折絡んでくるようになったし、張り合うようにして鳴宮君も絡んでくる。
まあ、理由としては、前者については思い浮かばないが、まあ単に夏樹の相手をしたくないだけだろうし、後者は今更無視できない。
「ここまで来ておいて、それを言うの?」
「一応、確認だよ?」
しっかりと私の両隣に陣取った上に、にっこりと笑顔を向けてくるが、その目が笑ってない。
というか、何故私を挟んで牽制しあっているのだ。
「確認って……もう、好きにすれば?」
どうせ拒否したところで今はもう離れないだろうから、投げやりに返せばーー
「じゃ、ここにいまーす。ありがとー、飛鳥せんぱーい」
「鷺坂テメェ……」
抱きついてきた鷺坂君に、私が無言で引き剥がし、それを顔を引きつらせながらも鳴宮君が恨みの眼差しで鷺坂君を見ていた。
「はいはい、食べる時間無くなるから早く食べる。君の場合、一年生の教室に戻るまでが大変なんだから」
「はーい」
「水森さん、優しすぎ……」
返事をした鷺坂君に対し、鳴宮君がぶつぶつとそう告げる。
「それで、そっちで出た今週の結論は何なの?」
今週の『夏樹対策』を聞けば、そっと目を逸らされる。
「おい、そういうところは先輩後輩揃わなくていいんだよ。それで、どうなの?」
「……方針が決まるまでは、桜峰に頑張って逃げてもらおうかと」
「つまり、咲希や先輩たちに丸投げしてきたんだ」
「まあ、そういうことだな」
また一人増えたし。
「鷹藤?」
「君も逃げてきたの?」
「否定しない」
何でお前まで、と言いたげな鳴宮君を放置して、私の正面に座った鷹藤君と話す。
「つか、本当にどうにかならないのか?」
「今は無理」
「うわー、即答」
鷹藤君の疑問に答えれば、後輩庶務がけらけらと笑う。
「とはいえ、咲希や先輩たちに相手させ続けるのも無理があるし、最近のやり取り見てると、先輩たちの方が正論言ってるからなぁ」
「咲希が困っているのが分からないのか」とかね。
「というか、幼馴染である飛鳥先輩が打つ手なしだと、俺たちにはどうすることも出来ないんだよね」
打つ手が無いことはない。
でも、実行することは不可能なのだ。
いくら魔法のような異能があるこの世界であろうと、実行不可能なことぐらいはいくらでもある。
「そもそも、今の夏樹は『咲希と一緒に居たい』と思ってる状況だから、気が済むほど一緒にいない限りは離れようとしないと思うんだよね」
「うーん……」
「う~ん……」
鳴宮君と鷺坂君が一緒になって唸る。
「あ。じゃあ、こんなのは?」
「こんなのって?」
「ダブルデート」
また何を言い出すんだ。こいつは。
「咲希先輩とデートでもすれば、少しは収まるんじゃないかなぁって」
「だが、それは同時に悪化させる手にもなるぞ?」
鷹藤君の言う通り、その可能性も否定できない。
「そもそも、誰と誰がダブルデートに行くの?」
桜峰さんと夏樹は決定事項だろうけど、残りは誰が行くのか。
「そりゃ、『ダブルデート』なんだから、咲希先輩たちは決定だよね。あと、飛鳥先輩」
「私?」
「残り二人が男だったら、ダブルデートにはならないでしょ」
いや、それは……微妙なんじゃないかな。うん。
「わざわざ尾行しなくても、合法的に様子を見れるよ?」
……そう来たか。
「じゃあ、もしダブルデートすると仮定して、私の相手役は誰がするの?」
「え、そんなのーー」
「はいっ!」
「俺がやる」
……片方はともかく、まさかのところからも名乗りが出た。
「えー、俺が言い出したからやろうと思ってたのに」
「言い出しっぺの法則なんか、無視してやる」
「お前ら。水森とのデートが目的なんじゃなくて、桜峰たちの様子を見るのが目的なんだからな?」
そう、そっちが主目的であって、私とのデートは目的じゃないんだよなぁ。
というか、本当に『デート』化させるなら、気まずいのだが。
「そんなの、分かってるよ」
「つかもう、水森が決めろ」
「……私が?」
そうだよ、と男性陣から目を向けられる。
「別に誰でも良いんだけど」
正直、事情を知ってるなら、会長たちでも構わないんだが。
『……前、いい加減に……ろよ!』
ちょうど食べ終わったから良かったと言うべきか。
久々に“音響操作”を起動させてみたらこれである。
「……ヤバい」
「水森さん?」
「どうかした?」
心配そうな目を向けられるけど、それどころじゃない。
「……会長が、夏樹を殴ったかもしれない」




