水森飛鳥と御子柴夏樹の関係はⅢ(変わってしまった関係を変えるために)
ーーぷつん。
まるで、何かが切れるような音が聞こえた気がした。
その音には、聞き覚えがあった。
大切な『何か』を失ったようなその『音』は、以前に二回、聞いたことがある。
一つ目は、憧れの人を失ったとき。
気がついたら、その人は姿を消していた。
二つ目は、好きになった人を失ったとき。
あれはどう説明したものか、あの人は私を守って、希望を託して、いなくなってしまった。
今思えば、異能がこの“音響操作”になったのも何かの『縁』だったのだろうし、今となっては誰かが目の前からいなくなったのだとしても、そのことに慣れてしまった私としては、『何だ、結局こうなるんじゃん』とある種の諦めに似た感情が湧くのである。
けれど、今回の場合は以前の二つには当て嵌まらない。
だって、大切な幼馴染殿は、私の目の前から姿を消したわけではないのだから。
☆★☆
夏樹以外のクラスメイトたちが困惑したような顔をする。
だって、今までこんなことなど無かったのだから、仕方がないといえば仕方がないのだが。
「あ、飛鳥ちゃん……」
奏ちゃんが駆け寄りながら声を掛けて来るけど、何で私じゃなくて、奏ちゃんが泣きそうになってるんだろう?
「本当に、どうしたんだろうね? 今まで桜峰ちゃん避けてたのに」
「そう、だね……」
そうとしか答えられない。
こうなったきっかけとか理由は思い当たるし、分かってはいるのだが、彼女たちには話せないから、分からない振りをするしかない。
一体何が起きているのかを簡単に説明するならば、夏樹が桜峰さんと話している。これに尽きる。
最初は戸惑っていた桜峰さんも、今は慣れたようで夏樹と話しているが、以前の夏樹の様子を知っているからか、クラスメイトたちだけではなく、同学年の人たちまで戸惑いが広がっているらしい。
正直、女神も女神で、洗脳するなら上手く洗脳してほしい。
中途半端に奏ちゃんたちの記憶を残しておくから、こんな騒動になるのだ。
これならまだ、あいつの方が手回しも立ち回りも上手かったし、厄介さも上な分、私もかなり苦労させられたのだがーーという、個人的な感想は横に置いておくとして。
「それでも、そんなに不安そうに見えないのは、正妻としての余裕かしら?」
「……真由美さん、その言い方は止めてもらえないかな?」
いくら他の人たちもその認識だったとしても、私は認めないよ?
「……分かったから、凄まないでよ。でも、みんな心配しているのは本当なんだから」
真由美さんの言葉に、奏ちゃんがこくこくと首を縦に振る。
そんな二人に、ほら、と促されて見てみればーー……
「なぁ、御子柴。お前、一体どうしたんだよ? いつもなら、大体は水森と一緒に居ただろ。それなのに……」
「そうだったか? それに、別に誰と話そうが俺の自由だと思うが」
斎木君が戸惑いながらも声を掛けるが、夏樹の方は何の違和感も無いとばかりに不思議そうに問い返す。
「そりゃそうだけどさ。俺には何だか、いつも通りのお前に見えないんだよ」
「……」
斎木君の言葉に、夏樹は何も返さない。
ただ、返したのは一言のみ。
「そうか」
それだけだった。
そして、それが今の夏樹の本心であることは、見ていて分かる。
「奏ちゃん、真由美さん。斎木君、呼び戻してもらえるかな? あの様子じゃ、何言っても無駄だろうし」
「だったら、飛鳥ちゃんが行った方が……」
「奏」
私が頼んだ理由を察してくれたらしい真由美さんが首を横に振った後、二人して斎木君を呼びに行く。
「水森、悪い。俺……」
「いや、大丈夫。逆に気を使わしてたなら、ごめん。でもまあ、私は大丈夫だし、多分、今何を言ったところで無駄だろうし」
「やっぱり、御子柴君については、飛鳥の方がよく知ってるよね」
斎木君に謝っていれば、桜峰さんが話し掛けてくる。
「咲希」
「ごめん、私から何を言っても、聞いてもらえなかったよ」
「だろうね。一度こうだって決めたら、絶対に変えようとしない頑固なところがあるし」
「あー、確かにあるよな。あいつ」
男子勢の中では仲が良いからか、どうやら思い当たるようなことがあったらしい。
「それで、咲希は何か言いたいことがあるから、こっちに来たんじゃないの?」
夏樹の頑固さに納得したところで、本題に入る。
「あ、うん。言い方は悪くなるんだけど、御子柴君、どうにかならないなかぁって」
「というと?」
「未夜先輩たちと話していても、遮ったり、話題を変えようとしてくるんだよね。先輩たちも慣れてはきたみたいなんだけど、さすがにそういうことが何回もあると、空気が悪くなるというか……」
「つまり、桜峰ちゃんはどうしたら良いのか、聞きに来たわけだ」
「うん」
奏ちゃんのまとめに、桜峰さんが頷く。
「何か、思ってた以上に状況が悪いなぁ……」
「多分、先輩たちからも話が来ると思うから」
「……マジで?」
私、夏樹の保護者とかじゃないんだけど。
「でも、仕方ないよね。御子柴君について、この学校の中で一番詳しいのって飛鳥ちゃんだろうし」
「それは否定しないけどさ、それとこれとは話が違くない?」
詳しい=この状況を打破、もしくは何とか出来る、とはならないと思うのだが。
「だとしても、とりあえず、作戦会議用の時間は与えてあげても良いんじゃない?」
「そこに水森も参加しなきゃなんないって言うなら、俺たちも協力するしさ」
何だろう、この感じ。
要するに、桜峰さんと生徒会役員たちの作戦会議中は私が足止めしとけ、ってか。
「……うーん」
「難しいか?」
「いつも一緒に居るからって、話題が無いときもあるからね。それに、今の夏樹と何話していいのか、共通の話題とかが分からないんだよねぇ」
そこが一番の問題だ。
休み時間の十分間で拘束できる話題など、有るようで無いようなものだ。
「その子の話題は?」
「そりゃあ、咲希の話題を出せば飛びつくんだろうし、時間稼ぎも出来るかも知れないけど、何らかの情報提供とかしたとしても、言ったらそれで終わりでしょ」
「……前途多難、だな」
みんなして溜め息を吐く。
こういうとき、一番効果がある人が近くに居ないっていうのは辛い。
「とりあえず、何とか捕まえてはみるけど、あまり期待しないで。ただし、その間の時間は絶対に無駄にしないで」
「うん、みんなにも伝えておく」
そうやって、やることを決めたあと、外をぼんやりと見ている夏樹に目を向ける。
「こっちも、話し合わなくちゃならない『話題』を一つ思い出したから、残りの休み時間はそれで引っ張ってみるよ。いきなりで悪いけど、次の休み時間から作戦会議、お願いね。咲希」
「うん、頑張るよ」
気合いを入れるかのように、桜峰さんが拳を握りしめる。
現在、一時限目の休み時間。
長くても二十分はある昼休みが最大の好機と言えるだろう。
二時限目の開始を知らせるチャイムが鳴り響く。
授業が終われば、作戦開始だ。
「ねぇ、御子柴君。少し話したいことがあるんだけど」
大丈夫。きっと上手く行く。
だって、協力してくれる人がたくさんいるのだから。
それに、私は分かってるから。
大切な人を失う気持ちが、どれぐらい辛いのかが。
故に、利用できるものはさせてもらうし、奪われたものは取り返す。
そのためにも、まずは第一段階。
目の前の問題を解決しなくてはならない。
『幼馴染』の水森飛鳥ではなく、『クラスメイト』の水森飛鳥として声を掛ける。
たとえ女神によって、その心がねじ曲げられたのだとしても、『本来の夏樹の心』がどこかにあることを、私は信じているから。
「だから、一緒に来てもらえないかな」
「それは今じゃないと駄目か?」
「そうだね。結論は今すぐじゃなくても良いけど、方向性ぐらいは話し合っておきたいから」
ちらりと視線を向ければ、夏樹の背後に居た桜峰さんが小さく頷き、教室を出ていく。
「だったら、他を当たってくれ」
「悪いけど、夏樹じゃないと困るから」
眉間に皺を寄せられたところで、私は退くつもりはない。
「それに、私たちの問題に咲希たちを巻き込ませるつもりはないから」
「……」
「まあ、どうしても無関係なあの子たちを巻き込ませたいって言うなら、巻き込ませれば良いよ。でも、そうすると決めたのはそっちだし、どのような結果になったところで、責任はそっちで持ってもらうから」
「……」
先程から返事はないが、まさか私相手に返事しちゃ駄目なんてこと、無いよね?
「……どこで話す」
「屋上。そこなら、誰かに聞かれたところで、何とでも言い訳できるしね」
いつも通りの場所である。
……今の夏樹に、その時の記憶があるのかどうかは分からないけど。
「それじゃ、レッツゴー」
無理やり席を立たせて、その手を引いて、屋上に向けて歩き出す。
「……」
ーー大丈夫。
まだ、大丈夫だから。
もう少しだけ、待っていてほしい。
限界が来る、その時までは。




