水森飛鳥と各ルートⅠ(獅子堂要ルートⅣ・“反響心意”とイベント終了)
さて、どうするべきか。
メリットとして、生存確率は格段に上がる。
デメリットは、せっかく逃げ出せた上に得られた武器を取り上げられ、監視が厳しくなる。
私がこの先の戦闘を引き受けたとしても、会長のことを思うなら、部屋に引き返すべきだ。
(好機をどう使い、危機を乗り越えるのか)
声が出ない以上、使える異能は限られている。
想定内とはいえ、やっぱり異能のデメリットが大きい。
「あら、考えることかしら? 貴女、自分が私に勝てないと、直感で判断したんじゃないの?」
くそっ、バレてたか。
「それなのに、部屋に戻ろうとしないのは……監視が増えることと、せっかくこの場を脱出できそうな機会を失いかねないから。違う?」
ああもう、本当に恐ろしい女である。
ーーもうこうなったら仕方ない、か。
『それが事実だとしても、貴女は私たちをあの部屋に戻すために、立ちはだかるんですよね?』
何やら驚かれているが、やっていることは私の異能である『音響操作』の一つーー“反響心意”。
私が思ったことや言いたいことを、周辺に反響させる能力なのだが……ぶっちゃけ、声が出ない時以外に使い道がない。
「そうね。貴方たちに逃げられたら、私たちが困るもの。まあ、同じ女でありながら、あんな部屋に押し込められた貴女には同情するけど」
『……こちらとしては、同情してもらえるのなら、解放してほしいところですけどね』
もうね、本当そう。
「ごめんなさい。それは出来ないの」
『……』
「それにしても、貴方」
翔子の目が会長に向く。
「女の子を戦わせて、自分は高みの見物とは良い度胸しているじゃない?」
「っ、」
「いくら彼女に戦う力があったとしても、少しは庇うぐらいの仕草を見せても良いんじゃない? ーー人違いとはいえ、可愛い後輩なんでしょ?」
「それは……」
翔子の言い分が間違ってるとか言うつもりはないけどさ、桜峰さんじゃないからって、言い淀むのは止めてほしい。
……まさか、桜峰さんじゃないから、庇われたりしなかったとか?
『……せめて、後輩の部分だけでも肯定してくれるかと思ったんですが。私は後輩ですら無いわけですか』
「違っ……」
会長が中々答えないために、少しばかり翔子に乗っかって、先輩に声を掛ければ、予想以上に焦ったような反応をされる。
『まあ、どうでもいいんですけどね』
今更だが、神崎先輩の時間操作で先輩後輩関係なわけだけど、それが無ければ、私と会長は同学年であってもおかしくないわけで。
「あら、貴女。私の同情が欲しかったんじゃないの?」
『私は、一言もそんなことは言っていません。先輩に対する貴女の意見には、少しばかり賛同しましたけど』
「だったら……その剣を手放すか、その場に置いてくれないかしら?」
翔子の首筋に、私が剣の切っ先を向けたからか、彼女の視線がこちらに向けられる。
『でしたら、貴女の舎弟が動くのを止めさせてください。私とて、貴女相手にこんなことはしたくないので』
視線を翔子から会長の後ろへと、こそこそ動く修人へ動かせば、「しゃっ……!?」と驚く彼と、ようやく自分が狙われていたことに会長が気づく。
最初からこいつらの標的はあんただったでしょーに。
「修人」
「っ、でも……!」
「いいから、下がりなさい。貴方が彼に何かをする前に、彼女が貴方に何かする方が多分早いわよ?」
先程私に負けたためか、翔子の言葉に修人は引き下がったので、私も剣を下ろす。
「……」
何か睨みつけられたけど。
それにしても、近くまで助けに来ているはずの連中が、まだ突入してこない。
まさか、やられてないよな?
「外が気になる? それならーー」
無事か全滅か。一体、翔子はどちらを言おうとしたのだろうか?
ただ、その続きが聞けなかった理由はーー
「二人とも、無事ですか?」
にっこりと笑みを浮かべて現れた、我らが副会長様が盛大に建物の壁を破壊なさったからである。
☆★☆
「ねえ、水森さん。大丈夫!? 本当に大丈夫?」
『……うるさい。ちゃんと聞こえてるから、耳元で叫ばないで』
溜め息を吐いて、先程のことを軽く思い出す。
副会長が強行突入したことで、確かに私たちは助かったが、翔子は「あらあら」と言いたげに、特に焦った様子は無かった。
その後、翔子は悪足掻きするかと思えば、まさかのまさか。あっさりと捕まった。
犯人たちに押収されていた携帯に関しては、鳴宮君から渡された。一通り、履歴や消されたものが無いかを確認したが、電源が落とされていた以外は特に変わったところは無さそうだ。
事情聴取に関しては、こちらを気遣ってか、また後日となった。
ーーで、今は鳴宮君と鷺坂君に挟まれて、車内待機している。もちろん、会話は“反響心意”である。
「でも、声出せないんだよねぇ? メールとかで会話の返事打ってる間に、次の話題とかになってそうだし」
『まあ、早くても明日には出せるだろうから、今は我慢するしかないけどね』
私が昏倒させた人たちは、目が覚めただろうか。
でも、あの人たち。気づいたら逮捕されていたんだから、驚くんだろうなぁ。
「飛鳥先輩さぁ」
茶化すことなく呼んできたので、鷺坂君の方に目を向け、「何?」と言いたげに首を傾げれば、
「郁斗先輩も言ってたけど、無理はしてないよね? あ、声じゃなくて、精神面の方ね」
そう言いながら、穏やかな笑みを浮かべ、髪の毛を撫でられる。
『いや、大丈夫だけど』
「本当に?」
髪の毛を撫でていた鷺坂君の手が、指が頬に触れる。
『それよりも、君。何か変なものでも食べた?』
らしくないせいか、若干引いた。
「えー、飛鳥先輩。せっかく助けたっていうのに、その態度って酷くなーい?」
『そこについてはお礼を言うけど、君に助けを求めた覚えはない。あと、一番活躍したのは副会長でしょ』
「むー」
不機嫌そうに、納得いかないと言いたげに、鷺坂君は唸る。
「でも、本当に無事で良かった」
右を向けば、鳴宮君が言葉通りの気持ちを乗せたような笑みを浮かべていた。
『……ご心配掛けました』
正直、来ない面々の方が多いかと思ったけど、生徒会役員みんな来るとは思わなかった。
……それが、たとえ私よりも会長を助けるために来たという、理由だったとしても。
ちなみに、この場に不在な会長と副会長、鷹藤君はまだ建物内にいる。私も残ると言ったのだが、会長からは「休め」と言われたのだ。今回というか、先程役に立たなかった分、私の分まで立ち会ってくれるのだとか。
副会長にも似たようなことを威圧するような笑顔で言われたんだけど……うん、怖いから従いました。
そして、鷹藤君からは同情的な目を向けられました。「お疲れ」って、どっちの意味で言ったのかなぁ?
「咲希先輩も心配していたから、ちゃんと『心配させて、ごめん』って、謝っておかないと駄目だよ?」
『それは、分かってるんだけど……君は私の保護者か何かなの?』
思わず呆れた目を向ければ、笑って誤魔化される。
「んー? 飛鳥先輩も、咲希先輩と同じくらい、大切な先輩ってだけだよー?」
褒められてるんだか、貶されているんだか分からないが、何だか背後からの気がヤバいので、恐る恐る振り向く……うん、見なかったことにしよう。
「もー、郁斗先輩ってば、そんな顔してるから、飛鳥先輩が警戒しちゃってるじゃーん」
よしよしと、どさくさ紛れに抱きしめてくる後輩庶務に、鳴宮君の表情がどんどん変化していく。
「いいから、その手を離せ」
「えー」
「は・な・せ」
そんなに強く抱きしめられていたわけじゃないから、鳴宮君が私から鷺坂君の手を簡単に引き剥がす。
『……とりあえず、あそこに自販機あるから、二人で先輩たちの分も買ってきたら?』
「え?」
「でも……」
『お金なら、後日渡すから』
「いや、そういう問題じゃないんだけど……行くか」
二人が出て行ったのを確認し、背もたれに凭れ、目を閉じ、深く息を吐く。
そして、目を開き、夏樹と雛宮先輩、魚住先輩に『ご心配、お掛けしました』とメールしておく。もし、このことを知っていたら心配していただろうし、何があったのか知らなければ、後日説明すればいいだけだ。
送信し終えれば、鳴宮君たちが戻ってくる。
『ありがとうね』
ーー助けに来てくれて。




