水森飛鳥と束の間の平穏
修学旅行を終えて、『桜咲学園』に私たちは戻ってきた。
二学期のイベント事も中間・期末の両試験を除けば、後は『クリスマス』という大きなイベント事を残すのみだ(ハロウィン? 知識に無かったことから、女神が用意していなかったんだと思う)。
「今年はどうなることやら」
もちろん、元の世界での話である。
去年はプレゼントは無いながらも、ケーキは用意したのだが、結局ハルと二人で過ごすこととなった。
両親は一緒に過ごせると言っていたのに、会社からのヘルプに飛んでいきましたよ。見事な舌打ちまでして。
その上吐かれた「貴重な子供との時間を奪いやがって」という呪詛みたいな文句は、ハルとともに聞こえない振りをしました。
だが、今年は違う。今年は私が事故に遭ったこともあり、去年一緒に過ごせなかった分、一緒に過ごそうとすることだろう。
でも、この世界でのことも無視できない。
彼らが桜峰さんに告白し、バレンタインに彼女から返事を貰うという、ある意味最後の分岐点でもあるイベントだ。
あの面々の中で誰が上手く行くのかなんて、もう予想ついているのだが、結果などいくらでもひっくり返せる。
「……」
最近使っていなかった異能を起動してみる。
『ねぇ、みんなは今年のクリスマスはどーするの?』
あちこちはまだ若干のハロウィンモードだが、ハロウィンが終われば、クリスマスなんてあっという間だ。
そんな後輩庶務の言葉に、「そうだなぁ」と反応して見せたのは鳴宮君。多分みんな反応はしたんだろうけど、声に出したのは彼だけだ。
『みんなはさぁ。桜峰を誘うつもりでしょ?』
探りか何かですかね、鳴宮君。
『咲希は、夏休みに一緒に居られなかった分、彼女と過ごしたがるでしょうね』
『あー……』
副会長、不穏なフラグは立てないでほしい。
あと、書記と庶務。納得しない。
『それだと、誰がデートの予定を立てても、他人のデートに付き合わされた飛鳥先輩は可哀想だよねー』
分かってるなら、言わないでほしい。
『なら、誰かもう一人追加して、彼女の相手をするしかないでしょうね』
『ああ、ダブルデート化』
あれ、これ付き合わされる前提じゃね?
『……水森が断る上に、桜峰が水森を誘わないという選択肢は無いんだな』
うん、鷹藤君。指摘してくれてありがとう。
『……前者はともかく、後者はなぁ』
『今回は、咲希先輩が誘わない可能性の方が低いんじゃない?』
『何だかんだで、彼女は咲希に甘いですからね。声を掛けられれば付いてくると思いますし、ダブルデート化を視野に入れておいた方が確実でしょうね』
うぉい、男ども……。
『でも、もし本当にダブルデート化したら、誰が飛鳥先輩の相手するの?』
『その時の咲希の相手にも因りますが……』
思案しているのか、誰かに目を向けているのかは分からないが、副会長の無言が怖い。
『事情を話して、御子柴に頼むか』
『えっ!?』
『じゃあ、郁斗が対応するか?』
『え……』
ああ、今の光景が目に浮かぶ。
『もうさー。せっかくの修学旅行だったのに、何でさっさと告白して、くっついてきてくれないかなー』
『黙れ。そう言うお前は、桜峰に告白できるのか』
『あー無理。そういうのは、やっぱタイミングが大事だし』
『なら、人にさっさと言えとか言うな。こっちだって、タイミング見てるんだから』
……かなりの小声とはいえ、告白して来た人の発言とは思えない。
でも、何を思ったのだろう鷹藤君が口を開く。
『……? もしかして、俺たちがいない間に何かありました?』
『べっつにー?』
『彼女から嫌がらせメールを受けた以外は、何もありませんよ?』
『嫌がらせメール?』
これですよ、と私が以前副会長たちに送った、楽しそうな桜峰さんの写真を、鳴宮君たちに見せているのだろう。
『ーー……お前ら。口を動かさずに、手を動かせ』
あ、会長。居たんだ。会話に加わらなさすぎて、一緒に居ないかと思ったよ。
『未夜。お前も何一緒になって話してるんだ。こういう場合は大体お前が注意するだろうが』
『すみません。でも、時々ぐらいは良いじゃないですか。要が会長なんですから、要自身が注意することがあっても』
言われてみれば確かに珍しいことで、注意する側の副会長が会話に加わってるんだよな。
『それで、水森の相手、だったか?』
『え? ええ……まさか?』
まさか……?
『あいつに少し聞きたいことがある。日時次第では、付き合わんこともない』
わー、やっぱりかぁ(棒)。
あと、何で上から目線?
『付き合わんこともない、って……』
『あっ! そういえば、文化祭での飛鳥先輩へのお礼、まだ誰もしてないじゃん!』
そして、何で今それを思い出した。後輩庶務よ。
『もう、一人づつデートしてあげちゃう?』
『かなり嫌がりそうですけどね』
確かに嫌ですよ、副会長。
『言葉だけで十分じゃないですかね? 下手に何かすると、勘違いする奴らが現れるかもしれませんし、水森に何かあっても大変だと思うんですが』
鷹藤君の気持ちは嬉しいが、去年みたいに、と言われてしまうと、何も言えなくなってしまう。
それだけ、思い込みや女の嫉妬は恐ろしいのだ。
『我々が何かする度にああなるのなら、おちおち礼の一つも言えませんよね。……彼女は気にするなと言っていましたが』
本当、あの時のことは、役員たちが気にする必要は無いのに。
『桜峰も遭ってるなんてことは……ありませんよね?』
鷹藤君の疑問に、誰も返さない。
まあ、本当に桜峰さんに何かあったとしても、彼女が自分から言ってくるか、彼らが察するしかないから、現段階ではどうすることも出来ないわけで。
私の方では、気になる人たちが居ないわけではないけど、これだという確証は無いし、下手に役員たちに告げ口は出来ない。
「防ぐために手っ取り早いのは、私や役員たちが桜峰さんに張り付くことか」
私の役割がサポートキャラとはいえ、今までサポートらしいことをした覚えはないのだが、少しばかり『与えられた役割』を頑張ってみようか。
「……それにしても、風強いなぁ」
何なんだろう。単なる自然現象……?
仮にも、女神により造られた世界だと思っているからか、今になって、こんな自然現象まで疑えてきてしまう。
「……」
ビュウビュウと風が吹き荒れ、髪が乱れる。
ーーああ、物凄く嫌な予感がする。
脳内で激しい警告音が響く中、生徒会室の“盗聴”を続行する。
頼むから、先程と同じように何気なく会話をしていてほしい。
でもーー
『それじゃあ……あれ? 何の話をしていたんだっけ?』
そんな私の願いは届かなかった。




