水森飛鳥と短いようで長い修学旅行Ⅷ(最終日に思うのは)
一日目はクラスでの団体行動で、二日目は班行動、三日目はクラスの垣根を越えた班行動という流れを終え、そんなこんなで、修学旅行も最終日である。あと、元の世界も。
後は帰るだけだと思えば気も楽で、忘れ物や買い忘れた土産品が無いか確認するだけだ。
「それにしても、どっちも進展無かったな」
夏樹がそう言ってくる。
「そうだね。あったとしても、こっちではあの二人との遭遇だけだし」
「ああ、あれな」
鷲尾さんたちのことを思い出し、二人して遠い目をする。
「私さ。昨日の別れ際に『奢ったのが気になるなら、店に来て』的なこと言われたんだけど」
「……それ、フラグじゃね?」
思っても、言わないでほしい。
「まあ、こっちから行かない限りは大丈夫じゃない?」
「桜峰が行こうって言ってきたらどうするんだよ。もしくは、鳴宮たちに連れて行かれた場合」
「だから、そうなる確率が上がるようなフラグまで立てないで!?」
いくら両親から土産代用のお金を受け取ってきて、使ったその余りはそのまま私に入ってくるとはいえ、こっちにも色々と欲しいものがあることから、下手に使えない。
「それに、私の財布は食費とほぼ直結してるから、ゲームとかも下手に出せないことぐらい、夏樹は知ってるでしょ」
「ああ、そうだったな」
両親からは生活費に、とある程度渡されてはいるものの、現状で春馬と食費を折半している以上、財布に入っている分や使える金額など高が知れてる。
「でもそうなると、恋人とか出来たときは大変そうだな。交際費とか」
「その点については否定しないけど、ハルやうちの親みたいな言い方しないでよ。あと、夏樹の口から『交際費』とか出て、びっくりしたんだけど」
「おい」
そんな言い合いをしながらも、目の前で並んでいる土産品を見ていく。
事故の時ほどではないとはいえ、四日間も家を空けて、家事のほとんどを任せてきた以上、土産を買っていかなかったら、何を言われるか分かったもんじゃない。
試食できるものは味を見て、思案する。
「むー……」
どれにするべきか、と唸っていれば、誰かに呼ばれたらしい夏樹が離れていく。
「……うん、こっちにしよう」
迷ったけど、もう一つはハルの友達である加納君たちに上げれば良いだろう。お土産なんだし。
「さて、後は……」
「あぁぁぁぁすぅぅぅぅかぁぁぁぁ~~」
会計は済ませたけど、他にも何か無いか見て回っていれば、何とも言えない声が後ろから聞こえてくる。
ああもう、せっかくどっちの世界に居るのか分からないように、現実から目を逸らしていたというのに。
「何?」
「ほらぁ」
「あ……う……」
目を向けて聞いてみれば、桜峰さんと彼女に背中を押されてこっちに来る、何やら言い淀んでいる様子の鳴宮君が居た。
「何、どうしたの」
クラスの垣根を越えていようが無かろうが、班行動では無くなったけど、私に何か言いたそうな鳴宮君に、桜峰さんが協力したのだろう。
または、桜峰さんと鳴宮君が一緒に来た所に、偶然私が居ただけか。
「み、水森さん!」
「はい」
何だろうか?
少し観察してみると、桜峰さんが「早く言え」だとか言って、何やら責っ付いている。
「ほら、早く」
「け、けど……!」
……私、土産選びに戻って良いんだろうか? ってか、良いよね?
「ちょっ、水森さん」
「私、何やら邪魔そうだから、邪魔にならないように避けただけなんだけど」
笑顔で、『私は邪魔しませんから、お二人仲良く土産選びをしてください』と暗に込めて言ったら、何やら勘違いしたらしい。
「ち、違うから!」
「私たち、飛鳥に用があって来ただけだから! 二人でお土産見に来ただけだから……って、何でどことなく嫌そうな顔してるの」
だって、面倒事の予感がするんだもん。
「あのさ、水森さん。俺ーー」
「何やってんだ? お前ら」
何か決意したような顔で口を開いた鳴宮君に、用が終わって戻ってきたのだろう夏樹が聞いてくる。
「やぁ、『イベント・ブレイカー』。その様子だと、用件は済んだみたいだね」
「ああ、用件は済んだ。だが、何だ。その『イベント・ブレイカー』って」
「こっちの話」
つか、桜峰さんたちがこの場に居る時点で察しろ。
けど、私たちの会話に疑問を持ったらしい桜峰さんが聞いてくる。
「用?」
「何か、告白された」
「えっ!?」
「っ、!?」
「おや」
驚いた反応を示したのは桜峰さんと鳴宮君で、私はそんなに驚かなかった。
だって、幼馴染だよ? 夏樹が周囲からどう見られているのか、一番分かる位置に居るんだから、分からない方がおかしいじゃないか。
「それで、どうしたの」
桜峰さんが前のめりで尋ねる。
「いや、断った。でも、断ったら断ったで、『やっぱり、水森さんが好きなんですか?』って聞いてきたから、それも否定しておいた。『幼馴染なだけだ』って」
「そ」
私は納得したけど、何やら納得していない人(たち)が居る。
「えー……、あんなやり取りしておいて、無自覚にも程があるでしょ」
特に御子柴君はさぁ、と桜峰さんは言うけど、夏樹は…………鈍感、か? あ、でも小学校の時は自分でちゃんと気付いていたしなぁ。
となるとーー
「……結局、ターニングポイントはあの時か」
「飛鳥?」
何か言ったか、と聞いてくる夏樹に、何も無いと言って、並んでいる土産品を見ていく。
「……よ」
誰かがぽつりと呟いたらしいその声は、店の外からの声によって、あっさりと掻き消される。
けどさ、私は“調律”の異能持ちな訳で、発された小さな言葉も、ちゃんと聞いていたから。
『好きだよ』
でも、私は気付かない振りをさせてもらう。
それが、桜峰さんに向けられたものだと思わせてもらう。
だって、時期もタイミングも悪いから。
本来行われるのは、鳴宮郁斗と鷹藤晃の『好感度確認イベント』。
与えられた知識から考えると、この修学旅行は、ヒロインの桜峰さんと同学年である二人の好感度を変化させやすいらしい。
でも、現実にはこの場に鷹藤君は居ないし、二人とも何らかの用があって一緒に居るのは、私と夏樹だ。
ねぇ、女神様。『桜峰咲希』に、逆ハーレムを作らせる必要はあるの?
たった一人に恋し、恋される少女じゃ駄目なのかな?
選ばれなかった彼らに、在るはずの『未来』の選択肢は与えないつもりなの?
もし、これが『ゲーム』(のようなもの)だと言うのなら、この世界を壊すのは、私たち『イレギュラー』が引き起こす『バグ』じゃない。
世界を壊すのはーー貴女の望まない、桜峰さんが選んだ選択肢だ。
「咲希」
「何?」
いきなりではあったが桜峰さんに向かって、軽く放り投げれば、キャッチしてくれる。
「それ、あげる。無くさないでよ?」
「う、うん」
手の中にあるものを見ながら、桜峰さんが頷くのを確認して時間を見れば、ちょうど良い時間である。
「それじゃ、そろそろ集合場所へ向かいますか」
そして、帰るのだ。
すべてが始まり、すべてが終わらせられる、“あの場所”へ。




