水森飛鳥と体育祭Ⅱ(昼休み)
「……」
どうして、こうなった。
夏樹からは、そんな内心を見透かしたかのように、『それは、こっちが聞きたいぞ』と言いたげな目を向けられているのだが、止めてほしい。
「咲希先輩、これちょーだい!」
「ちょっと! まだ、良いって言ってないでしょ!?」
「『まだ』ってことは、くれるつもりではいたんだ」
「ぐっ……」
ちなみに、ヒロイン様こと桜峰さんは、後輩庶務を相手に『お弁当イベント』を展開中である。ーー私たちの目の前で。
そんな中で気になるのは並び順だが、円になって座ってるので、桜峰さんから時計回りに説明すると、桜峰さん、副会長、会長、鷹藤君、鳴宮君、私、夏樹、鷺坂君の順である。
言い換えると、桜峰さんの両隣は副会長と鷺坂君で、私の両隣は夏樹と鳴宮君であり、桜峰さんの向かいは鳴宮君で、私の向かいには副会長が居るのである。
ちなみに、この並び順。イス取りゲームの如く行動したメンバーが居たために、速攻で決まった並び順でもある。
私と夏樹の場合は、一緒に居たから隣同士だったが、桜峰さんの隣を取るのに、副会長はいつの間にか居たし、鷺坂君は素早かった。
「なぁ、飛鳥。あれは、俺たちに対する嫌味か何かか?」
「気にしないの。それで足りなかったら、後はもう購買に行きなよ」
まあ、そんなわけで自分たちの弁当も広げているのだが。
「相変わらずの美味さだな」
「はいはい」
ちなみに、今日の分は夏樹の分も一緒に作って来ているのだが、中身のおかずは同じでも、位置は全て違うようにしてある。よく見ないと気づかないレベルで、だが。
「飛鳥、飛鳥」
「何?」
「どれか交換しない?」
「ほとんど食べちゃったけど、無事な奴はこの二つぐらいだね」
卵焼き二つとプチトマトを蓋に置いて、桜峰さんの方に差し出す。
「それじゃ、卵焼き貰いまーす。代わりにミートボール上げる」
「ん」
桜峰さんのミートボールが蓋に置かれる。
「じゃあ、残りの卵焼きはーー」
「上げないよ? 咲希とは交換するつもりで上げたけど、君には上げないから」
油断も隙もない。
「飛鳥先輩、冷たいー」
「冷たくない」
「だったら、蓮君も何か上げれば良いんだよ」
桜峰さんめ。余計なことを。
「何か機嫌、悪そうだね」
鳴宮君が、こっそり話しかけてくる。
「そう見える?」
「見える」
「じゃあ、機嫌悪いんだろうね」
対処項目が増えたことに関しては、イラッとはしているが。
「そういえばさ。借り物リレー。みんな何だったの? 出てたよね?」
「そのまま、持って行ったものですよ?」
「でも、飛鳥先輩は未夜先輩を連れてったよね?」
「『副会長』なんて書かれていたら、ああするしか無いでしょ」
そもそも、生徒会役員たちを物扱いするとか、怖いもの知らずだな。学園祭実行委員。
「飛鳥、物凄く嫌そうにしてたよね。手も繋がずにゴールしてたし」
「咲希じゃあるまいし、女子たちを敵に回したくないからね」
あれもあれで反感は買っただろうが、それでも程度は下げられるだろう。
「そういう時はさ。未夜先輩から繋いじゃえば、問題なかったんじゃない?」
「相手が嫌そうなのに?」
「思い切って繋いじゃえば、意外と気にならなくなるものですよ」
この後輩は、何を言い出すんだ。
まあ、否定はしないけどさ。
「夏樹か咲希ならともかく……副会長はレアケースになりそうですね」
「あ、私と御子柴君って、同列なんだ」
「そうだね。同級生という括りで、だけど。まあ、優先順位は違うけどね」
この中じゃ、私の最優先は夏樹だ。もし、この場にハルが居れば、ハルが断トツだけど。
あと、隣で鳴宮君が落ち込んで、鷹藤君が慰めていたけど、変に詮索されても困るから、名前を出さなかっただけなんだけど……後で説明するべきか?
「飛鳥」
「ん? ああ、そっか」
もう、そんな時間か。
「どうしたの?」
「いや、先に戻ってるから、咲希たちはゆっくりしてれば良いよ」
不思議そうな桜峰さんに、完食した弁当を片付けながら、そう告げる。
「二人とも行っちゃうの?」
「俺は購買に寄るがな」
残念そうな桜峰さんに、夏樹がそう返す。ついでに買い物を頼まれても知らんぞ。
「そっか。じゃあ、また後でね」
そのまま、桜峰さんたちの所を後にして、空き教室に向かう。
「あー、ヤバい。あの空間ヤバい」
「お前にしては珍しく、必要以上にツンツンしていたもんな」
「らしくなかったのは、自覚してる」
夏樹が撫でてくるけど、浮上する気配がない。
「……」
季節は少しずつ冬に向かっているからか、窓の外では増えてきたはずの紅葉した葉が、すでに散り始めている。
「それにしても、あっちもこっちも修学旅行か」
「そうだね」
少しずらしてくれても良かったのに、と思うが、こうなったら、もう仕方がない。
「体育祭と修学旅行、どうなると思う?」
「基本が『好感度アップイベント』だからね。体育祭は会長と副会長、後輩庶務の、修学旅行は同学年組の好感度アップが狙えるから、もし、いろんな意味で狙いに来てるなら、そっちに意識向かせるでしょ」
だが、いくら傍観姿勢で居たとしても、桜峰さんが居る以上、何事もなく過ごせるとは思っていない。
「対する俺たちの問題は、修学旅行中の行き来するタイミングだが……」
「上手く働くのなら、まだ良いけど、そこは先輩たちと要相談だね」
相談しても、最終的には丸投げすることになりそうだけど。
「さて、と。そろそろ行くか?」
「そうだね。けど、夏樹は購買に寄らないと」
「……そうだったな」
離脱するためとはいえ、行くって言っちゃったからね。何も持ってなかったら、怪しまれかねない。
そんな肩を落とす夏樹を励ましつつ、私は先にクラスの控え席へと向かった。




