水森飛鳥と一時的な後夜祭Ⅳ(舞台から降りて)
「水森さん、水森さん。さっきの、どういうこと!?」
ほぉら来た。
舞台袖から自分たちのクラスにまで戻れば、前置き無く質問された。
「どうもこうも、見ていた通りだよ。キーボード担当が怪我したから、助っ人頼まれただけ」
本当にそれだけである。
「けど、よく引き受けたよね。飛鳥ちゃんのことだから、断るかと思ってたけど」
奏ちゃんが言ってくる。
「まぁ、ね」
最初は断ったけど、それでも言ってくるから巻き込んだのに、桜峰さんが引き受けちゃったからね。
……まぁ、そんな桜峰さんに一任した私も私だけど。
「それにしても、御子柴も言ってたが、やっぱり水森って、ピアノとか得意なんだな。BGMもそうだったけど、ソロパートにもびっくりしたし」
「ああ……」
クラスで夏樹がよく話している男子ーー斎木一弥君の言葉に、やっぱりこうなったか、と思った。
そして、マジで歌わなくて良かったとも思う。
「でも、飛鳥の歌も聞いてみたかった気がするけどね」
気になるのは分かるけど、それは言わないでくださいよ。真由美さん。
「あー……、それは止めといた方が良いと思う」
じゃないと、私の精神的ダメージが凄いことになるから。
「下手だから、とか?」
「まあ、いろいろあったから、その辺については触れないでくれるとありがたいかな」
本当にもう、ここまでにしてほしい。
「御子柴は、何か知ってるのか?」
「確かに、知ってはいるが話さんぞ。俺としても、あまり思い出したくないし」
夏樹がこっちを一瞥したってことは、多分、気も使わせたんだろうなぁ。
「ああ、悪い。気を悪くしたなら謝る」
「別に良いよ。そっちは知らなかったわけだし、私たちにしてみれば今更だからね」
そう、彼らが知らなかったとはいえーーいや、知らなくて当たり前なのだ。
元の世界とこの世界という、住んでいる世界が違うのだから。
「そっか」
「とにもかくにも、ご苦労様」
「うん」
労ってくれた真由美さんたちに、素直に従っておく。
さて、明日は体育祭だ。いろいろ頑張らなければ。
ーー特に、下剋上システムには気を付けないと。
「よしっ、明日は体育祭だからな。頑張るぞ」
「はいはい」
気合いを入れる斎木君に、真由美さんが宥めるっていうか、あしらっている。
「まぁ、明日は何とかなるだろ。ほとんどがチーム戦だし」
「甘いぞ、御子柴。毎年卒業となる三年はガチで勝ちに来るからな。油断してると怪我するぞ」
そう、下剋上システム以外だと、本気モードの三年生は本当に怖い。
「そう、なのか?」
「言い方は悪くなるけど、体力バカの人たちは男女関係なく、本気で勝ちに来ようとするから」
聞いてきた夏樹に、そう返す。
最後だから気合いが入るのは分かるが、やっぱり下剋上システムの影響もあったのかな?
「つか、下剋上システムはマジでビビるし」
「下剋上システムについては飛鳥から聞いてたが、そんなに、か?」
確認するかのように、夏樹が斎木君たちに尋ねる。
「ああ。初めて見る奴は引くか、ビビるかのどっちかだと思うぞ」
「中等部の時には噂ぐらいしか無かったから、詳しくは知らなかったけど、私でもアレは引いたから」
奏ちゃんと真由美さんは去年も同じクラスだったから、よく覚えている。
「初めて見る一年生の大半は引いていたんじゃなかったっけ?」
「マジか……」
そのまま、夏樹が考え込み始める。
「そういえば、今回初めて見るっていうなら、桜峰さんも入るか」
「あの子に関しては、生徒会が近くにいるから問題無いんじゃない? まあ、反感買うだろうけど」
真由美さんの言う通り、桜峰さんが下剋上システムに怯えたりすれば、生徒会役員たちが彼女を慰めたりするだろう。
「面倒くさいけど、その反感に対する対処を私がすることになるという、ねぇ。+下剋上システムとか、笑えない」
「今更だが、水森がそこまでする必要なくね?」
「そう言ってくれるのは有り難いけど、桜峰さんが私が『親友』だって、ぶちまけてるからね。私自身のためにも、どうにかしないわけにも行かないんだよ」
でも、本当に斎木君の言い分は、私たちの現状に当てはまるのだ。
神崎先輩から頼まれたのもあるが、こうやって、奏ちゃんたちと話したりしていると、知らないとはいえ、どうにかして彼女たちもこのループから助けてあげたい。
そりゃ、一番の目的は、桜峰さんを誰か一人とくっつけることなんだけど、それでもーー私は雛宮先輩たちだけじゃなく、奏ちゃんたちも助けたい。
「とにもかくにも、俺たちは出場競技を頑張ればいいんだな?」
「そうだな」
夏樹が斎木君たちに尋ねれば、そう返ってくる。
「下剋上システムとか、いろいろと対策を考えておかないとなぁ」
「あー、そうだな」
もし、ぶっつけ本番になったとしても、何もしないよりはマシだろう。
そんな風に話しつつ、様々な劇や演奏などが披露されながら、後夜祭は進んでいくのだった。




