水森飛鳥と波乱の学園祭Ⅸ(接触)
「……っ、」
面倒なことになったな、と思う。
簡単に説明するなら、食べ終わったので教室を出て、次の場所に移動しようとしていたら、鷺坂君の友人たち登場、ということである。
それを見て、同時に、後輩がこれからどうするのか、この状況でヒロインである桜峰さんもどうするのか、見てみたい気もしていたのだが。
「……おい、どうするよ。この状況」
「このタイミングで逃げ出したら、変に思われるでしょ」
こっそり話しかけてきた夏樹にそう返す。
それに、逃げるなら、教室を出た時点でしている。
「それで、一緒に居るのは友達か?」
「い、や、先輩たちだ」
馬鹿、動揺しすぎだ。
そのせいで、桜峰さんも不思議そうな顔をしちゃってるし。
それにしても、何でトラウマ植え付けた方と植え付けられた方のどちらも攻略対象にしたのかね。まだ見ぬ女神様は。
「面倒な後輩だな」
「そうだねぇ」
いくら攻略対象的な人とはいえ、鷺坂君が後輩なのには変わらない。
けど、彼を助けるのは桜峰さんだ。
「あ、せっかくだし、紹介してくれよ」
「あ、ああ……」
おい、何かこっちに飛び火したぞ。
「……おい、飛鳥」
「……頼むから、何も言わないで」
何か言いたそうな夏樹から目を逸らして、何気なく廊下の窓から中庭の方を見てみれば……ギャーッ!
「ん? どうしたよ」
「いや、ちょっ、外……」
「は?」
良いから見てみろ、と言って、夏樹にあそこと示せば、そっちを見た後に無言でこっちを見てきた。
不可抗力!
「何やってるんだよ、あの人たち」
「さぁ……?」
何か、雛宮先輩たちと会長たちが何か話していたけど、雛宮先輩と会長が何やら揉めだし、魚住先輩と副会長が二人を必死に制止している。
うん、桜峰さんなら、私たちの隣に居るから、『断罪イベント』ではないと思うんだけど。
「え、何あれ。修羅場?」
ああもう。本当、何してるんですか。先輩方。
「飛鳥、飛鳥」
「ん?」
つんつん、と桜峰さんが突いてきたので、そちらを見れば、苦笑いしていた。
「一応、自己紹介ね」
「ああ、そういうこと」
鷺坂君が紹介してくれたなら、自己紹介は必要ないと思ったんだけど。そうか、一応か。
「桜咲学園高等部二年、水森飛鳥です。よろしく」
「同じく、御子柴夏樹です。よろしく」
営業スマイルで挨拶する。
敵か味方か分からないうちは、不用意に情報は与えるべきでは無いのだ。
「あ、菖蒲響夜と言います」
「冴島菊斗です」
うん、知ってる。
とは言わない。これが完全な初対面だし。
ちなみに、知識の中にあった情報は無視だ。
「それで、何見てたの?」
「修羅場」
桜峰さんに聞かれて、そう答える。
もう、簡単に説明するなら、それで良いんじゃないかなぁ。
「本当、何してるんだろうねぇ。あの人たち」
そう言いながら、ようやく代理当番から解放されたらしい鳴宮君が隣に来る。
「修羅場」
「いや、分からなくはないけど、その表現はどうなの」
「間違ってはいないでしょ」
ちなみに、あまり先輩たちの声が響かないように、異能発動中である。
「あ、郁斗先輩も来たんだ」
鷺坂君が今気づいたように言う。
よっぽど自分から目を逸らしたいのね。君は。
「ああ。ところで……」
「鷺坂君の友人だって」
こっそり補足する。
彼の友人二人が、鳴宮君と互いに名乗ってる間、私は先輩たちの方を見る。
「なぁ、先輩たちに会長が突っかかってるのに、何か違和感があるんだが」
「同感。副会長からは何も感じないんだけど……」
本来なら、時折授業でしか使わない眼鏡を出して、よく見てみる。
聴力はともかく、視力はどうにもならないからね。
「……何なんだろうね。本当」
会長の周囲にある、金の鱗粉のようなもの。
おそらく、あれが原因なんだろうけど……これは神崎先輩への報告事項、かな。雛宮先輩たちは正面にいるから、何となく気づいてそうだし。
「じゃあ、俺たちはそろそろ帰るから」
「ああ、気をつけてな」
そう言いながら、安堵の息を吐く鷺坂君。
「ーー……また今度、暇なときにでも遊ぼうぜ」
それは、次に会うための約束のようなもののはずなのにーー
「以前みたいにな」
「っ、」
鷺坂君の近くでニヤリと歪められた口から出た言葉は、はっきりと私の耳に届いた。
「良い趣味してるよ。全く」
私の呟きが聞こえたのか、鷺坂君が勢い良くこちらを見る。
でも、私は彼からの視線を無視して、去っていく彼らの背中を見る。
知識があるから、鷺坂君が彼らから何をされたのかは知っている。
けれど、そこまでだ。
彼らにとって、この世界は現実であるがために、彼ーー鷺坂君が何をされたのかは知らない。
厄介過ぎて、面倒くさ過ぎて。
それでも、見て見ぬ振りは出来なくて。
「……」
先輩たちの方を見れば、いつの間にか解散していた。
後で私たちが見ていたことを報告だけ、しておこうと思う。




