雛宮未季と魚住新はそれぞれの過去を語るⅣ(金の残像)
あの時、雛宮には知らない方が良いとは言った。
けど、この状況は何なのだろうか。
「……」
「……」
目の前にいるのは、我らが生徒会長、獅子堂要であり、雛宮の婚約者(という設定の人物)である。
そんな生徒会長は、といえば、興味なさそうに数枚の束になっている書類をペラペラと捲りながら見ている。
そして、小さく息を吐いたかと思えば、ようやくこちらに目を向けてきた。
「呼んだ理由、分かってるよな?」
「……大体は」
最近、桜峰との接触が増え始めてきたが、おそらく雛宮のことだろう。
「お前、あいつとどういう関係だ?」
「あいつ、とは?」
どっちのことだよ。予想付くけど。
「分かってて聞いてるだろ」
「まあ、そうですね。だって、会長が言う『あいつ』っていうのは、雛宮のことでしょ?」
名前を出すのと同時に、ぴくりと反応したので、やっぱりか、とも思う。
「分かっているなら、早く答えろ」
そんなに急かなくとも答えるつもりではいるが、前回といい、今回といい、薄々感じていた事が次々にはっきりと分かっていくなぁ。
「その前に、俺から一つ尋ねさせてください」
「何……?」
獅子堂が凄む。
強者のオーラというのがどんなものかは知らないが、おそらく、こんな感じなのだろう。
「会長。雛宮のこと、好きですよね。恋愛的意味で」
「何が言いたい」
「雛宮とは友人なんで、彼女には幸せになってもらいたいんですよ」
雛宮とは、友人でもあり、仲間でもあり、同志でもある。
彼女がどれだけ同じ空間を繰り返したのかは分からない。
だから、これ以上、彼女を悲しませたら許さない、と暗に示しておく。
……知識のせいで、雛宮が悲しむことになるのは知ってるけど。
「もし、雛宮が少しでも涙を見せたら、俺は会長を許すつもりはありませんから」
「それは、こっちの台詞だ。それに、お前に言われる筋合いもない」
意味は互いに違うのだろうが、それでもやっぱり、雛宮には悲しい目に遭ったり、そういう想いを抱いてほしくはないのだ。
それなのにーー……
攻略対象の奴らが、桜峰の周囲に集まり、必死に口説いている。
もちろん、隠しキャラ扱いの俺も一緒だったのだが、こちらを見つめる、どこか悲しそうな不安そうな目を見つけたことで、正気に戻った。
自分は一体何をしているんだ、と。
獅子堂は獅子堂で雛宮の視線に気づいてないのか、桜峰を口説くのに必死らしい。
こうなれば、あの時の約束は無効だ。
「……っ、」
「魚住先輩!?」
桜峰は、いきなり駆け出した俺に驚いたらしいが、今はそれどころじゃない。
攻略対象たちにライバルが減ったと思われるなら、それでもいい。逆ハーレムなんて、自分から離脱してやる。
それでも、強制力は強いらしい。
「……っと」
足が止まる。
そんな暇無いのに、止まってしまった。
自分の足のはずなのに、動かない。
早く、雛宮を追いかけないといけないのにーー
「行かせないわよ?」
「っ、」
いきなり聞こえてきた声に、警戒する。
「そんなに警戒しなくてもいいわよ」
「誰だ」
姿は見えず、声だけ聞こえてくる。
「それにしても、やっぱり相手がイレギュラーじゃあ、効力が弱かったかぁ」
新たな発見、とでも言いたげな声に、俺は意識を集中する。
「でも、ダメじゃない。他の子に現を抜かしたら」
ーー貴方が愛するのは、ただ一人。違うかしら?
まるで洗脳するかのように、その声が響いてくる。
これは、俺の異能では防げないと、直感で分かる。
「ああ、そうだ」
俺は、側に居ないといけない。
きっと、声の主は笑みを浮かべていることだろう。
「雛宮未季の側に、俺は居ないといけない」
悪いが、俺は恋心よりも友情を優先する。
桜峰咲希より、雛宮未季を、俺は取る。
「っ、ふざけんじゃないわよ」
次の瞬間、金髪の少女が恐ろしい形相で目の前にいた。
「隠しキャラ風情が、生意気なのよ。あいつらの加護があるみたいだけど、私の世界で、まだ生きているだけありがたいと思いなさいよ!」
「かはっ……!」
こっちが動けないのを良いことに、腹を思いっきり蹴ってきた。
それにしても、あいつら? 私の世界?
「ああ、そうか」
こいつが、この騒ぎの元凶か。
だが、どうする。『私の世界』と言っているということは、神なんだろうが、俺はどっちみち動けないからどうしようもない。
ちなみに、何で神だと分かったかといえば、目の前の少女は『私の世界』と言っているが、桜峰で無いことぐらい分かっていたからだ。
こっちに来てからは、少しばかり人間観察することが増えたからな。
ただ、一人納得した俺を、目の前の少女は気に入らなかったらしい。
「何、一人納得してるのよ!」
再び蹴られる。
「……っ、」
どうして、俺は引き受けてしまったのだろうか。
こんなことをされるために、この世界に来たわけじゃないのに。
「ふふっ、まあいいわ。どうせこの周ももう少しで終わるのだし、これからもっと楽しませてあげる」
表情は微笑んでいるはずなのに、俺には邪悪な笑みにしか見えない。
金の残像を残しながら去っていく少女に、俺は何とか起き上がる。
蹴られたことで腹に痛みは少しあるが、歩けないほどではない。
「……はぁ」
ああもう、本当にどうして、俺は引き受けてしまったのだろうか。
時期や知識を考えれば、『物語』の終盤は近く、全ての終わりが始まった時、俺は後悔し始めていた。
「魚住君……」
いつの間にか側にいた、そう名前を呼んでくる雛宮に、俺は様々な悔しさから、顔を見せることは出来なかった。
「悪い、雛宮。気づくのが遅すぎたらしい」
「しょうがないよ。私の時には居ることすら気づかなかったんだし、今回分かっただけでも、小さな進歩だと思うよ」
雛宮はそう言うが、それでも彼女を一人にさせ、不安にさせたのは事実だ。
「それに私は、魚住君が来てくれただけでも、かなり助かったんだよ?」
そっと抱き締められるのが分かった。
「だから、残りの期間で出来る限りのことをしよう?」
それを聞き、顔を上げれば、安堵したかのような表情を浮かべる雛宮が、そこに居た。




