雛宮未季と魚住新はそれぞれの過去を語るⅠ(まずは悪役令嬢の経験から)
先輩たち(視点で)の話
「そもそも私は、まだ雛宮家というお金持ちのお嬢様という設定だったから、まだ良かったんだけど……」
魚住君が来るまではある意味地獄だった、と、目の前にいる後輩たちに告げてから、私は話し始めた。
☆★☆
『私たちは両親たちをきっかけに出会いました。ですが、貴方は将来、私以外の方と出逢い、その人に恋をすることとなるでしょう』
互いの両親が席を外し、少ししてから、婚約者となった目の前の少年に、私はそう言った。
その時の彼には、私が何を言っているのか分からなかっただろうし、いつかそういう時が来るのだろう程度に思っていたのだろう。
でも、あの時であり、その時の私の言葉は、当たることとなる。
桜峰咲希。
当時の私の学年は同じ二年生であり、クラスも同じだった。
そんな彼女が四月に転入してきてから、彼女は私の婚約者である獅子堂要を筆頭に、他の生徒会の仲間たちとも過ごすことが増えたことで、それなりに学校生活は楽しんでいることは、端から見ていても分かった。
もしかしたら、婚約者の方も以前、私が言っていたのは、彼女のことだったのかも、と勘づいたのかもしれない。
「未季様、良いのですか? あのままにしておいて」
ある日、取り巻きの一人がそう聞いてきた。
「構いません。彼が彼女に傾倒しようがすでにしていようが、私と彼の婚約は私たちではなく、親たちが決めたもの。私たちの一存でどうこうできるものではありません」
そう、これは親同士が決めた婚約。
設定上そうだから、と言ってしまえばそれまでだが、目の前にいる彼らや彼女たちからしてみれば、『雛宮未季』という人物は実在し、架空の人物ではない。
もし、『雛宮未季』という存在がいなければ、誰かがこの悪役令嬢という立ち位置に居たのかもしれないが、今この立ち位置に居るのは私なのだ。
だから、私と婚約破棄をしたければ、親を通してもらわないと困る。
「ああ、あと。無いとは思いますけど、彼女を虐めるような真似だけはしないでくださいね? 私が指示したと思われますし、いくら私の名前を出さなくとも私がやったと思われますから」
「……」
「それに、絶対にバレないと思っても、やらないでくださいよ? 我が家も総力を挙げて調べるつもりですから」
くすり、と笑って告げれば、怯えたのか、小さく体を揺らす取り巻きたち。
「怖がらせたのなら、ごめんなさい。けど、怯えるぐらいなら、最初からやらなければいいのよ」
これは忠告だ。
公の場で断罪されるなんてごめんだ。
神崎君には悪いけど、悪役令嬢なんて立場の者に、主人公とされた少女の『逆ハー崩し』なんて無理がある。
何か策さえあれば良いのだろうが、それぐらい自分で考えろ、と返されることぐらい分かってる。
そもそも物語の中で、悪役令嬢が主人公にすることなんて、婚約者を取られたことに始まり、そのことに嫉妬し、使える手札を使って虐める(または苛める)というのが多い。
そして、その後に断罪(シーン)が待っているのだから、笑えない。
(どうしたもんかね)
私には、世界が世界だし、彼女の『逆ハー崩し』という目的がある以上、婚約者を取られて嫉妬する時間すらない。
「……」
本当にどうしたものか。せめて、サポート役が欲しいところだ。
そんなこんなで、数日経ったある日のこと。
「雛宮」
「なんでしょうか?」
我が婚約者殿が訪ねてきました。
まさかもう、断罪するの? 時期早くない? とも思ったけど、どうやらわざわざ来た理由は違うらしい。
「お前、俺たちの関係をどう思っている?」
「その俺たちは、貴方と私、貴方と彼女。どちらを指しているのかお聞きしても?」
まさか、関係性を聞きにくるとは思わなかった。
というか、どちらであっても、返答は一緒だけど。
「俺と咲希のことだ」
ふむ。
「そうですね……特にどうとも思っていないのですが」
そう返せば、眉間に皺を作る婚約者殿。
「どうとも? 嫉妬すらしていなかったのか」
その通りだとはいえない。
もし言った場合の彼の行動が分からないからだ。
「要さん。私と初めて会った日のこと、覚えてますか?」
「何だ、いきなり……」
「貴方が覚えているかどうかは分かりませんが、私は言ったはずです」
ーー貴方は将来、私以外の方と出逢い、その人に恋をすることとなるでしょう。
それに目を見開く、我が婚約者。
けれどこれは、予知や予言なんかじゃない。これはあらかじめ決められたシナリオの一部。
「ですから、不必要な争いを起こさせないために、私は貴方たち二人に干渉しないようにしていました」
するべきことは『逆ハー崩し』、避けるべきは『断罪』。
それが達成できるのなら、私は不干渉を貫くつもりだ。
「雛宮」
「何ですか?」
「そうしていて、お前は悲しくないのか」
悲しくないのか、か。
悲しいに決まっている。
時折思うのだ。
味方一人すら居ないこの世界に、何故自分はこの世界にいるのかと。
けど、彼に私が居たという幼少の記憶はあれど、私にはなく、あるのは出会って数ヶ月だけの記憶。
「もう、慣れました」
ひしひしと感じていた一人という寂しさも、彼らに何の感情も抱かなくなったことも。
「そうか」
それだけ返すと、婚約者は去っていった。
そして、一時的に終わるあの日まで、私と彼が公私の行事を除き、接触することは減りーー
「ごめん。やっぱり悪役令嬢じゃ、無理があったよ。神崎君」
私は、頼まれた『逆ハー崩し』を失敗した。
そして、私はこのループする世界に閉じ込められた。
それでも、言えることはある。
結局一人では、どうすることも出来ず、精神面にも関しては協力者が必要で。
もし、私の後に来る人物がいるのなら、この後の私にこの時の記憶が残っていれば、精一杯サポートしよう。
「何たって、私は雛宮未季なのだから」
この世界での立ち位置は、雛宮財閥の娘にして悪役令嬢、雛宮未季。
家はお金持ちという、元の世界とは違うけど、名前だけは同じだった。
財閥令嬢なら、サポートするために少しばかり金銭を使っても問題ないだろう。
このまま眠りにつけば、再びループして、あの日に戻り、同じ日々を繰り返す。
「せめて、記憶だけは残しておいてね。神崎君」
それだけを願い、来るべき未来に、私はそっと目を閉じた。




