水森飛鳥と学園祭準備期間Ⅲ(体育祭について)
さて、学園祭とは言っても、何も文化祭だけではない。
「実行委員たちは大変そうだなぁ」
運動場で準備する、教師や学園祭実行委員たちを見て、思わず苦笑してしまう。
桜咲学園の学園祭とされる文化祭と体育祭の準備は、何か問題が起きない限りは、基本的に同時進行で行われる。
そのため、忙しくなることが予想される『学園祭実行委員』になりたがる人は居らず、ずっと見てきたであろうその忙しさを知る内部生組が、何も知らないであろう外部生組に『学園祭実行委員』という仕事を押しつけようとすることもあったほどである。
ただ、中等部一年、高等部一年時だけは、外部生組は実行委員になれず、内部生組から選ばれることとなっており、外部生組が実行委員選抜に組み込まれるのは、それぞれ二年生になってからである。
「本番が近いからね」
「つか、お前。双眼鏡なんて、いつの間に持ってきてたんだよ」
さて、私はいつもと変わらず屋上にいるのだが、私と一緒に居るのは、鳴宮君と夏樹という珍しい組み合わせだ。
なお、二人が顔を合わせた際に、一瞬双方から不機嫌オーラが放たれた上、火花が散ったことに関しては触れるつもりもなければ、触れたくもない。
「ん? いや、ちょっとね」
「水森さんなら大丈夫だと思うけど、気を付けなよ? 誤解招いたりするといけないから」
うん、持ってきたことに関してはぼやかしてみたけど……そう言う鳴宮君が珍しく隣から動かない。
というか、いつもより、間を詰めてる?
「分かってるよ。まあ仮に見つかってもどうにかするし、それなりに手も考えてあるからね」
「本当、そういうところは抜かりないよな、お前って」
さすが、幼馴染。よく分かっていらっしゃる。
ただ、鳴宮君に対抗するかのように、間を詰めるのは止めてほしい。
「……二人とも、狭いんだけど」
私がそう言えば、お互い睨み合った後、二人が若干隙間を空けてくれる。
ああもう、面倒くさい……。
「そういえば、二人は幼馴染なんだっけ」
「そうだね」
私がみんなに夏樹との関係を話したこともあるけど、鳴宮君の場合は、生徒会室に居るときに桜峰さん経由で聞いたのだろう。
「いつからの付き合いなの?」
ふむ、いつから、か。
「小さいときからだな。小学校からか?」
「大体それぐらいだね。というか、家が近所だったから、それより少し前から、になるのかな?」
まあ、私たちの記憶が間違っていなければ、だけど。
「そうなんだ」
鳴宮君が納得したかのように頷く。
「まあ、文化祭の集客率はともかく、体育祭は負けるつもりは無いから」
「そっくりそのまま返すよ。私たちも負けるつもりは無い」
体育祭はクラス単位でチーム編成され(組み合わせはランダムだから、一組のみや二組のみといったように、固まることはあまり無い)、三年生の各クラスがチームリーダーとなる。
ちなみに、私たちは副会長のクラスと同じチームになっており、他のメンバー……会長と鷺坂君は同じチームで、鳴宮君と鷹藤君はクラスが同じだけど、他のメンバーとは重ならなかったらしい。
……うわぁ、バランスを考えれば、良い方なんだろうけど、生徒会メンバーのチームが相手とか、いきなり難易度が高いんですが。
桜峰さんから先輩たちに負けてもらうように言ってくれ、と頼むか? いや、何か卑怯みたいだし、後が怖いからしないけど。
「それじゃ、当日は正々堂々戦おうね」
そう言うと、鳴宮君は屋上から出て行った。
「宣戦布告したはいいけど、やっぱあの面子を相手にするとなると、話は別だな」
「だね。でもまあ、『下剋上システム』あるし、どうにかなるでしょ」
「『下剋上システム』?」
『下剋上システム』。
体育祭での競技システムの一つで、順位下位のチームが順位上位のチームに対して、順位逆転を狙えるシステムである。
「まあ、説明すると、桜咲の体育祭は順位制で優勝を決めるから、下位チームにとっては、逆転し、上位を狙えるチャンスとして認識されてるの」
「なるほどな。けど、最初の競技はともかく、その後からの競技で、システムが発動したらどうするんだ?」
「それは大丈夫。『下剋上システム』が発動するのは午後の競技からだし、競技とは言ってるけど、『下剋上システム』はあくまでシステムだから」
例えば『チーム対抗リレー』。普通ならチームの代表メンバーが走るというだけだが、それに『下剋上システム』を発動させることで、それは最早ただの『チーム対抗リレー』ではなく、全チームの順位逆転を目的とした戦いへと変化する。
「それはもう、『下剋上システム』の発動時には、狂気を感じるほどにね」
正直、去年見たときは恐ろしかった。
卒業を控える三年生はともかく、何がみんなをそこまで狂わせるのか。
熱気とは別の何かが、そこにはあったのだ。
「大丈夫だよ。今年は俺も居るし、桜峰たちも居るから、そこまで酷くはならんだろ」
夏樹が安心させるように、頭を撫でながら、そう言ってくる。
「何より、先輩との約束だ。そっちを忘れなければ大丈夫なはずだ」
「……そう、だね」
『下剋上システム』による狂気も、一時のテンションの上昇だと思えば、問題ない。
「ありがとう、夏樹」
「ああ」
とりあえず今は、目の前の文化祭に集中だ。




