水森飛鳥と学園祭準備期間Ⅰ(連絡先の交換)
ああ、どうしてこうなったのだろうか。
後悔しても、もう遅い。
「……」
ずっと避けてきていたのに、触れないといけなくなってしまった。
「時には諦めも必要、か」
息を吐いて、目の前にあるピアノでドレミファソラシド、と音を鳴らす。
「……よし!」
こうなったら開き直って、文化祭準備に協力しよう。
☆★☆
そもそもの原因は、夏樹の一言である。
「一部のBGMなら、飛鳥に頼めば大丈夫なんじゃないのか?」
それは、私の異能である音響操作のことを言っているのか。それともーー……
さて、ここまでの流れを簡単に説明すれば、文化祭へのクラスの出し物は、喫茶店や休憩所など様々な意見が出ながらも、私たちのクラスは劇をすることになった。
「はーい。それじゃ、役と裏方決めるよー」
そんなクラス委員長の声が教室内に響いた後、主役なども順調に決まっていたのだが、問題は裏方……中でも音と音楽だった。
雰囲気作りには音や音楽は必要なのだが、そのBGMを私に作れと遠回しに言ったのだ。夏樹は。
まあ、音響操作に関しては、元々神様から与えられた情報収集のための異能だったし、確かにBGMを作ることぐらい不可能ではないけどさ。
それでも、得意不得意はあるんだよ?
「それに、お前。ピアノ弾けただろ?」
「それは前の話で、今は弾いてないから無理」
大体、辞めてから何年経ってると思ってるんだ。
今じゃ多分、期待以下だぞ。
「え、飛鳥。ピアノ出来るの!?」
うん、桜峰さんはちゃんと人の話を聞こうか。
「でも、随分前に辞めたとしても、弾けないことはないんでしょ?」
「それは……」
今でも、クラッシックを聞くと、時折指は動くけど、それだけだ。
夏樹の方を見れば、どうするんだ、と視線で尋ねてくる。元々はあんたのせいなのに。
「分かった。一部だよ? 一部だけだからね?」
一部だけ、を強調しておく。
「じゃあ、この部分と……」
必要となるであろう場所を確認し、ピアノによるオリジナルBGMの作成に入ろうとするんだけど……
やっぱり、自分に言い聞かせるだけだと駄目らしい。
音が必要と言われたシーンをイメージすることは忘れず、いくつかパターンを作っていく。
そんなこんなで、こんな感じか、と思っていれば、どこからか拍手が聞こえてきた。
「すっごい! 凄いよ、飛鳥!」
音の主の確認をするために顔を上げれば、桜峰さんと生徒会の皆さんでした。
うわぁ、一番聞かれたくないメンバーに聞かれたし。
そんなに目を輝かせないでよ、桜峰さん。珍しくもないだろうに。
「いや、そこまで言われるような腕前じゃないから」
「謙遜しなくてもいいじゃないですか」
「いや、これでもブランクはありますから」
「それじゃ、元から腕が良かったんですね」
謙遜でもなければ、長いこと弾いてなかったし、腕が良いはずもない。
しかも、副会長と後輩庶務……鷺坂蓮に言われてもなぁ。
「とりあえず、咲希は私のを褒めるより、台詞を覚えることに集中したら?」
「あ、うん。そうだね」
って、何故台本持ってる上に、ここで開いて練習しようとしてるの!?
「あ、あの、咲希」
「ん?」
「まさか、ここでやるつもり……?」
「え、ダメ!?」
確認すれば、やっぱりやる気満々だし。
「いや、駄目じゃないけどさ。うーん……」
でも、声はピアノに掻き消されるだろうし、気が散ると思うんだよなぁ。
「あ。もし、私のことが気になるなら、無視していいから」
「……ああ、うん」
それじゃ、遠慮なく、無視させていただきます。
……。
…………。
………………。
うん、視線を感じる。
といっても、にこにこと笑顔のまま近くにいる鳴宮君と、もっと音量を下げろと言いたげな会長と鷺坂君が睨んでくる。
「水森さん、水森さん」
ピアノの音で上手く隠すかのように小声で鳴宮君が呼んでくる。
「水森さんは練習しないの?」
「私は裏方だから」
だからこそ、私はここで、BGM担当をやっているのだ。
ちなみに、鳴宮君と同じように近くにいた鷹藤君は、聞いてない振りをしてくれていたらしい。
そのまま、レコーダーの録音を停止させる。
「……水森。まさか、録音してたのか」
「え、そうだったの!?」
鷹藤君の言葉に、桜峰さんが気づく。
「何で言わないの!?」
「いや、気づいてるかなー、とは思ってたし、いきなり完成版とか決定版なんて無理でしょ」
「それでも言ってよ!」
桜峰さんが声を上げる。
役員たちならともかく、桜峰さんのことだから、気づいてないんじゃないのかとは思ったからなぁ。
「落ち着きなさい。それに、データが全滅したわけじゃないし、ほとんどピアノの音の方が大きいから大丈夫」
「宥めてるのか貶しているのか、どっちなんですか。貴女は」
とりあえず、桜峰さんを宥めていれば、副会長にそう突っ込まれる。
「とにかく、大丈夫だから」
「……分かった」
どうやら、桜峰さんには納得してもらえたらしい。
「ああ、そうそう。機器繋がりで一応、念のために携帯の番号交換をしておきましょうか」
はい……?
「ほら。何かあったら、すぐに連絡できますし」
「私としては、何も無いとありがたいんですが」
仮に何かあっても連絡したくない。
「そうですね。ですから、早く携帯を出してください」
ほら、と副会長が手を出してくる。
言い方は優しいけど、放たれているオーラがマズい。
「……分かりました」
「ずるい。私が交換してって言っても、してくれなかったのに」
携帯を取り出せば、桜峰さんがそう言ってくる。
でもなぁ……
「咲希の場合は長電話になりそうだし、メールボックスが埋まりそうだから拒否しただけ」
「え、ダメなの?」
「私は咲希ほど暇じゃないから、掛けられてもすぐに出れないし、返信もできないの。それでもいいなら、するけど?」
「う~……」
目に見えて落ち込んだり、悩んだりする桜峰さんだが、本当に私にはそんな暇無いのだ。
副会長と番号とアドレス交換が終わり、互いに通話とメールをしてきちんと届くか確認する。
「どうするの?」
「する」
そのまま、桜峰さんとの番号とアドレス交換を終える。
「あ、じゃあ次は俺で」
「……一応、俺も」
おい、同学年組。
思わず、そう突っ込みたくなったけど、とりあえず、二人の番号とアドレスも入れておく。
ちなみに、一年以上一緒にいながら、鳴宮君と交換してなかったのは、そんな話にならなかったからだ。
「はーい。じゃあ次、俺の番ー」
鷺坂君がそう言って、前に出てくる。
「要もやっちゃったら?」
「お前らがしてあるなら必要ない」
「ほら、蓮が終わりますから」
会長と副会長がそんなやりとりをしていた。
「なーんか、普通だねー」
あれ? 今一瞬、桜峰さんだけじゃなく、同じ役員たちにも向けているような目じゃなくなったような……。
(気のせい?)
それよりも、会長。交換しないのなら、携帯をしまいますよ?
その後、結局会長とは交換することなく、解散することになった。
ただーー
『要の番号とアドレスを送っておきます。また、貴女の番号とアドレスは要に教えておきましたので、一応ご報告まで』
気を使ったのか、使ってくれたのか。
夜に副会長からそんなメールが来た。
というか、世界が違っても届くのか。神崎先輩、そういうことも言わないからなぁ。
「……」
さて、それにしても、どのように返すべきか。
『会長の番号とアドレスは一応、登録しておきました。あと、ご報告ありがとうございます』
うん、こんな感じでいいんだろう。
そのまま送信すると、その後に出た『送信完了』を確認し、携帯を放り出す。
何だか今日はもう、いろいろありすぎて疲れていたらしい。私はそのまま眠りについた。