水森飛鳥とみんなで過ごす卒業式
梅の花と桃の花。そして、桜の花が舞う季節。そんな今日は――いよいよ卒業式当日である。
ここまで来るのに長かったような気もするが、これで終わりかと思うと、少しは寂しさもあるというもので。
「あ、水森さん。少しでいいから、後で時間もらえない?」
「別にいいけど……」
「ありがとう。それじゃ、また後で」
生徒会役員として忙しいはずの鳴宮君はそれだけ言うと、さっさと行ってしまった。
別にこの後の用事など無いので、受けた訳だけど、早まった訳じゃないよね……?
その後、体育館に移動し、卒業式の開始である。
卒業生入場から、いろんな方々からの祝辞。校歌斉唱に卒業証書の授与など……やったことは他の学校とかと変わらないと思う。
生徒会役員ということもあったのか、卒業生代表を獅子堂先輩、在校生代表を鳴宮君が務めていた。
直近なんて結構バタバタしていたというのに、裏ではその辺のことをきちんとやっていたらしい。お疲れ様です。
そして、卒業式が退場すれば、卒業式は終わりである。
「これで終わりかぁ……」
小さく呟きはしたが、これでまたループが始まるのは嫌なので、本当に終わってくれないと困る。
女神自身がいなくなっても、ループさせるための時限装置的なものがどこかにあった時にはもうお手上げである。
そして、教室に戻り、本日の予定全行程を終えれば、その場で解散となった。
「飛鳥!」
相変わらず元気な桜峰さんが、こちらへとやってくる。
「ほら、行くよ」
「え、どこに」
「先輩たちのとこ!」
あまりにもぐいぐいと来るもんだから、聞けば先輩たちの所に向かうらしい。
ついでとばかりに捕まった夏樹も一緒に、先輩たちへと会いに行くために、足を動かす。
「そういえば、咲希」
「なに?」
「東間先輩から何か言われた?」
さすがに卒業生を役職名で呼ぶわけにもいかないので、名前を出して尋ねてみれば、一瞬だけ桜峰さんの肩が跳ねた。
「……へぇ」
「え、ちょっと何。御子柴くんもニヤついてるけど、何か言いたかったら言ってよ!」
「言っていいの? 本当に?」
どうやら夏樹も、私の発言と桜峰さんの反応で察したらしく、彼女の次の言葉を待っているらしい。
けれど、場所が場所である。
もしこんな場所で口を開けば、すぐに話は広がることだろう……と言いたいところだけどまあ、今日は卒業式だし、たとえ卒業生と付き合うことになったところで、そう噛みついてくる人たちはいないんじゃなかろうか。新しい話題でもない限りは。
「……言われたのは、事実だよ」
「そっか」
正直どのタイミングで言われたのかは分からないが、それだけ聞ければ十分である。
「あ」
「どうしたの?」
「ごめん。忘れ物したっぽいから、ちょっと取りに行ってくる」
そう告げれば、「じゃあ、ここで待ってようか?」と言われたので、先に行っておいてもらうべく待ち合わせ場所だけ聞いて、教室へと取りに向かう。
「あったあった……」
やっぱり、忘れていたらしい。
ちなみに、教室にはもう人影がなく、みんなもう帰ったのか、関わりのある先輩たちに会いに行ったのだろう。
「……」
私としては別に、先約のために離れたわけではないのだが、そもそもどこで話すのかを聞いていないので待ちようもない。
場所が屋上前や例の空き教室ならいいのだが、後者に関しては桜峰さんたちが待ち合わせ場所にしている可能性がある。
「あれ、水森さん!?」
驚いたような声が聞こえたので、そちらに視線を向ければ、たまたま教室前を通りかかったらしい鳴宮君にぎょっとされた。
「……どうかした?」
「いや、用があるみたいなこと言われたけど、場所については聞いてなかったな、と」
「ああ……」
どうやら、彼の方も抜けていたらしく、思い当たったらしい。
「場所に関してはさ、もしかしたら大事なのかもしれないけど……」
思うように説明ができないのか、どこか歯切れが悪そうにされる。
「この後、咲希が――桜峰さんが、先輩たちと会うって言ってたんだけど、鳴宮君はどうする?」
「行くよ。……まあ、少し遅れるだろうけど」
「役員も大変だね」
「まあね」
そう言いつつ、互いに苦笑いする。
まあ、何も持ってないのを見ると、仕事は終わったんだろうけど。
「ねえ、水森さん。後で欲しいって言ってた時間、今貰えない?」
真剣な表情でそんなことを言うものだから、「まあ、今でいいのなら」と返してしまった。
「ありがとう」
そうお礼を言われつつ、席に着く。
けれど、そこから先が少しだけ長かった。
「……」
「……」
「……」
「……」
片や、何か言おうとして固まり。
片や、何か言われるのを待つ。
正直、桜峰さんたちを待たせているから急がせたいところではあるが、彼も彼で何とも言えない表情をしているので、とりあえず待つことにした。
どうせ遅れるのなら、徹底的に遅れてしまえの精神である。
「――俺さ、水森さんのこと好きだよ」
そして、覚悟を決めたかのように彼はそう言ってきた。
「……」
「あ、好きっていうのは、恋愛的意味でだからね?」
「……いや、その点は……」
気にしてない、とは続けられなかった。
「あと、返事は今じゃなくていいから」
「いや、今するよ」
「え……」
即答レベルだったからか、鳴宮君が驚いている。
そんな彼を余所に、こっそり張っていた防音結界をさらに強化させる。
「正直ね、君のことは好きだよ。でも、これが『友情』によるものなのか、『恋愛』から来るものなのかは分からないんだ」
「それは……」
「それなりに話すようになってから、友達のように接してくれるようになったのも、何かと気にかけてくれるのも嬉しかった。でも、私じゃなくて桜峰さんと仲良くしてる時、羨ましく思ったのも事実なんだよ」
あれはまあ、どちらの意味でも『嫉妬』だったんだろうけど。
「何て言うべきなんだろうね。ずっと仲良くしてた友達が、別の子の方に行っちゃったみたいな。そんな小学生みたいな部分もあったのかもしれないんだけど」
「……」
「少なくとも、羨ましいのと寂しいと思ったのは事実」
これは本当。
「そもそもの話になるんだけど、私の異能、覚えてる?」
「確か、『調律/音響操作』だよね」
「うん、それであってる。前に君が『私なら分かってる』的なことを言ってたけど、どれだけ心の声まで聞けたとしても、それは『その時、その人が思っている心の声だけ』っていうものだからね。だから、どうしても思い込みと“気のせい”の部分が出てくるし、その可能性があったんだよ」
だから、どれだけ好意を示されたところで、聞こえているのは自分だけなので、ミスリードとかが起きやすくなる。
「でも今、鳴宮君がちゃんと言葉で示してくれたおかげで、“感じていたのは間違ってなかった”って理解できて、安心してるのもあるんだ」
「だから、君に想いを伝えられたときのことを考えて、何て返すのがいいのか、ずっと考えてた」
今、私はどんな表情をしているかな。
「それで、その結果が」
「結局、分からなかった。好きには変わりないけど、それが『友情』なのか『恋愛』からなのか、分からなかった。だから、今の私にはそう返事することしか出来ないんだよ」
これが、今の水森飛鳥としては精一杯なのだ。
「そっか」
「もし、希望に添えなかったのならごめん」
「別に謝らなくていいよ。返事の中身が予想外なことには変わりないけど、フラれたわけじゃないし」
こちらとしても、フる・フラれる以前に、あの返事なのでフッたつもりはないのだが、やっぱりその認識になるのか。
「それに、卒業まではいるんだよね?」
「そのつもりだけど」
「じゃあ、俺の目標」
ん?
「水森さんを落として、『恋愛としての“好き”』にさせてみせる」
「それ、本人に言っては駄目なやつでは?」
「そうかもしれないけど、でも聞いたよね? だったら、覚悟してもらわないと」
思わず返事をミスったかと思ってしまうほどに、にっこりと笑みを浮かべる彼に、顔が引きつる。
「まあ、私としては頑張ってとしか言いようがないけど」
「うん、頑張るよ」
この後、桜峰さんたちのところに行くんだよね?
絶対、弄られそうなんだけど。
「それじゃ、みんなのところに行こうか」
そんな鳴宮君の言葉に、座っていた椅子から立ち上がる。
「あー、やっときたー」
こちらに気づいた桜峰さんが声を上げる。
「ごめんなさい、遅くなりました」
「あれ、二人とも一緒だったの?」
「途中で会ったんだよ」
まあ、間違ってはない……か?
「ふーん……」
何か言いたげな目を向けられるけど、何もなかったんだけどなぁ。
「とにかく、貴方たち二人が来るまで待ってたんですから、早く撮りますよ」
どうやら、全員集合の写真が欲しいらしく、私たちが来るまで撮るのを待っていたらしい。
「それじゃ行くよー」
何枚か撮り終えれば、それぞれへと送られる。
「これで本当に終わりかー」
鷺坂君が名残惜しそうに告げる。
「まあ、休みになれば会えるから、そこまで落ち込むこともないだろ」
「そうですよ。連絡してくれれば、いくらでも相手します」
……言うなぁ。
「もちろん、貴女たちもね」
貴女たち、とは言われたけど、文字で見たらルビで『イレギュラー組』って言われてない?
「というわけで、後は頼むぞ。新三年生」
「受験なので無理です」
こっちを見ながら言ってきたのでそう返す。
『特に水森』って副音声ない? 気のせいならいいんだけども。
「でもまあ、無事に式が最後まで出来て、良かった良かった」
うんうんと頷くように、雪冬さんが言う。
けど、それも仕方ないか。無事に明日を迎えられないと安心できないのもまた事実だし。
「卒業式の途中でリセットが起きたんだと」
「あー……」
夏樹がこっそり知らせてきた。
「でも、雪冬さんもやっと卒業式できたわけだからなぁ」
「それもそうか」
高校に関してはこちらが先になってしまったが、元の世界では神崎先輩たちがどうにかしていることだろうから、こちらとしては待つことしか出来ないんだよなぁ。
そんなことを話しつつ、時間は過ぎていく。
梅の花と桃の花。そして、桜の花が舞う季節。
ここに至るまでの物語は終わり――私たちの三年生としての生活だったり、それ以外のことに関しては、また別の物語である。
本編は、これにて完結となります。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
今後は小話とか、本編に挟めなかった話の投稿がメインになるかと思われますが、楽しんでいってもらえるとありがたいです。