水森飛鳥は話し合う
多少は気まずくても、少しは夏樹たちが話し合っていることを願いつつ、鷹藤君とともに閉店間際のスーパーでいくつかの材料や惣菜なりを購入していく。
「それで全部か?」
「さすがに、これだけあれば大丈夫だと思うけど……」
とりあえず、卒業式までとはいえ、元からある分も含め、全部は無くならないと思いたい。
その後、会計を済ませ、帰路に着く。
「二人とも話せているといいな」
「そうだねぇ……」
無理に話さなくていいとは言ったが、こちらとしてはやはり一言でもいいから話しておいてほしいと思ってしまう。
「……」
「……」
話題が、ない。
今までで話すべきことは大体話し終えたからか、鷹藤君との話のネタが浮かばない。
「……り、水森」
「あ、はい」
「何か、気になることでもあったか?」
「いや、無いけど」
「なら、いいが……」
反応が遅かったから、タイミングが悪いとでも思われた?
「荷物、持つか?」
「いや、大丈夫だけど……」
持ってもらうほど重くないし、たとえ重たかったとしても、すぐに渡さないほどその重さには慣れちゃってるからなぁ。
「なあ、水森。聞きたいことがあるんだが」
「何かな」
家が見えてきたタイミングで鷹藤君が足を止めたので、自然とこちらの足も止まる。
「郁斗のこと、どう思ってるんだ?」
その問いに、思わず固まった。
「どうしたの、いきなり……」
「いや、ふと思ったというか……」
どこか歯切れ悪そうにされるが、言いたいことは何となく分からなくはない。
でも、その答えを鷹藤君に言うのは違う気がして。
「それ、本人に言うのは駄目?」
驚いたかのようにこちらに目を向けられるけど、私がそう返してくるとは思わなかったんだろう。
「大丈夫だよ。もし本人から言われたら、ちゃんと返すから」
だって、そのための答えも用意はしてる。
ただ、私が“そう思ってるだけ”という可能性が無くはないから、っていうのもあるから、結局はあちら任せになるわけだけど。
「もし、言われなかったら?」
「だったら、私の勘違いで終わるだけだよ。どんな気持ちなのかなんて、本人にしか分からないんだから」
私の異能は一応、心の声も聞こうと思えば聞けるけど、私に聞かせたい言葉を思われたらそれを捉えるから、それがもし嘘であれば嘘なのだと見抜くことは出来ないのだ。
「だから、君はそこまで気にしなくてもいいと思うよ」
心配しなくても、大丈夫。
少なくとも、お互いに話すことは出来るのだから。
そんなことを話していれば、家に着いてしまった。
「ただいま帰りましたー」
「おかえり」
雪冬さんに出迎えられた。
「……どうかした?」
「何がですか?」
鷹藤君と話したこと以外で、何か指摘されるようなことをしてきた覚えはないのだが。
「何も無いのならいいんだけどね」
もしかして……何かあったと思われてる?
「とりあえず、いろいろ買ってきたので、見てもらえますか?」
「うん」
そのまま台所に運び、雪冬さんが中身を確認していく。
「量的には大丈夫ですよね?」
「そうだね。これだけあれば何とかなりそうだし、足りなければ、買いにいけば済むだけだし」
あ、そうだ。女神の影響が無くなったから、雪冬さんも出掛けられるんだった。今回は夏樹と話してもらうために残ってもらったわけだけど。
「あの……それで、夏樹と何か話せました?」
「まあ、それなりに?」
恐る恐る聞いてみれば、そう返された。
その『それなり』が気にならないわけではないけど……
「まあ、話せたなら良かったです」
「ごめんね、気を遣わせて。でも、ありがとう」
冷やしておくべきものは全て冷蔵庫に入れてしまえば、やるべきことは終わりである。
「それじゃ、あとはいろいろ任せてもいいですか?」
正直、向こうの様子も気になるのだが。
「ふふ。こっちは大丈夫だから、行くなら行っておいで」
まるで、全部分かっているかのように言われてしまった。
とりあえず、夏樹のことだろうから、先に戻ったなんてことはないだろうけど、とりあえず居そうな場所を捜――
「いた」
――そうと思ったら、見つけてしまった。
「それじゃ、水森も来たことだし、ちゃんと話せよ」
鷹藤君は鷹藤君で夏樹と一緒にいて、何かを話していたらしい。
それだけ言うと、部屋から出ていってしまった。
「もしかして、邪魔した?」
「別に、そんなに大事な話をしていたわけじゃないからいい」
それならいいけど。
「雪冬さんと話せた?」
「何で同じこと聞いてくるんだよ……」
呆れたように返されたけど、やっぱり鷹藤君も気になって、同じことを聞いたのか。
「夏樹は、こっちを気遣って嘘ついたりしないでしょ」
雪冬さんは気遣って嘘も交えてくるが、夏樹は同じ気遣いだったとしても、分かるときは分かるからね。
「俺だって、付くときは付くが?」
「それでも、分かるときは分かるんだよ。付きかたが上手いとか下手とかじゃなくて」
何と言えばいいのやら。今までの付き合いからとしか言い様がない。
「……まあ、一応は話したよ。いろいろと言いたいことが有りすぎて、何から話したらいいか分からないっていうベタな展開付きでな」
そこから、ぽつぽつと話し始めた夏樹に、少しばかり安心してしまった。
どうやら、雪冬さんもこちらを気遣っての嘘……というわけでもなかったらしい。その可能性があったから、話を合わせてはいたけど、ちゃんと話せたのなら良かった。
「そっか」
「それだけかよ」
「二人が話せたってだけで嬉しいんだよ。こっちは」
だって、こっちは二人がまた並んだ姿を、ずっと見たかったんだから。
「飛鳥」
「ん?」
「ごめん」
呼ばれたので返事をすれば、謝られた。
「せっかくの協力者なのに、一人で頑張らせて悪かった」
「……それは、夏樹のせいじゃないでしょ」
そもそも、雛宮先輩と魚住先輩の話を聞いたときから、女神の手が伸びてくるのは時間の問題だったから、別に夏樹に非があるわけではないのだが。
「それだけじゃない。結構酷いこと言った気もするから、それについても謝りたいんだよ」
確かに、『これは酷い』と思わなかったときが無かったわけではないが、どうやら記憶に残っているらしい。
「代わりとは言えないが、文句とか何か言いたいことがあれば気が済むまで言ってくれて構わないから」
そうは言われてもなぁ。
「言わないよ」
「え」
「まあ、元に戻ってくれたのなら、別にいいよ」
言いたいことが無いわけではないが、今更な部分もあるし、私としてはそこが一番重要なのだ。
「だって、私が何を思い、考えてるのかなんて、今の夏樹になら分かるでしょ?」
たとえ何となくであったとしても、女神の術に掛かっていたときよりは分かるはずだ。
「――ああ」
「なら、良し」
正直、甘いとか言われるかもしれないけど、これが飛鳥の出した答えなのである。だから、まだ許せていない部分は、明花の方に任せるとしよう。
「それじゃ、残る卒業式までの完走、頑張ろうか。幼馴染殿」
「ここまで来たんだ。途中参戦だが、もちろん最後まで付き合ってやるよ。幼馴染殿」
そう言い合って、ぷっと吹き出せば、その場の解散の合図である。
さあ、一緒に見届けよう。私たちが迎えるハッピーエンドを。