水森飛鳥たちと説明会Ⅴ(水森飛鳥(明花)・御子柴夏樹の話)
「それじゃあ、始めましょうか」
微笑みながらそう告げた後、表情を戻し、説明を開始した。
「私たちの周回については、今年のことだから覚えていると思うけど、まずは咲希が来た四月からね」
私たちがこの世界に来たのは、目的の部分においては基本的に雪冬さんたちと変わらない。
雪冬さんたちがかいつまんで話していたので、私もその方針で行くつもりだ。
「咲希はさ。私と最初に話したときのこと、覚えてる?」
「うん」
それがどうかした? と言いたげに頷かれる。
「私たちの席ってそれなりに離れているけど、咲希は私に話しかけてきたよね」
普通、仲良くなるなら近くの席の人たちからだと思う。
そして、その人となりを何となくでも理解して、話したり話さなくなったりするはずだ。
「何でだと思う?」
「え……」
「咲希が話しかけたいって思ったからだと思うけど、それが何で近くの席の人たちや話しかけてきた人たちに対してじゃなく、少し離れた席の私だったのか」
おそらく、私がそんなことを聞いている時点で何でなのかは想像できていることだろう。
そして、それを認めたくないし、口にしたくないはずだ。けれど、私が聞いているから、答えないわけにはいかなくて。
「……そう、仕向けられた……?」
笑顔で肯定を示す。
「私に与えられた役割は、『咲希のサポート役』だからね。咲希が生徒会役員の誰かとくっつくためのサポート役なら、その役を担うのがたとえイレギュラーだったとしてもいいって、最初のうちは妥協してたんじゃない?」
根付けに封印された女神に目を向ければ、中で暴れているのか、根付けが飛び上がる。
「でも、私が思うような動きをしなかったから、強制的に帰還させることにした」
「……帰還?」
桜峰さんたちからどういうことかと目を向けられたので、タイミングをぼかして告げる。
「まあ、強制送還なんだけど」
「説明になってませんよ」
「一学期のイベント数なんてそんなにある訳じゃないですからね。私がサポート役として、咲希が貴方がたの誰かと二人っきりなるように過ごさせなかったから、『こいつはサポートとして役に立たない』って、判断したんですよ」
副会長の言葉にそう補足してやれば、納得できなさそうな顔をする。
私だって、役に立たないと見抜いた点についてはお見事と言いたいところだが、さすがにあの状況下で二人っきりにするのは難しかったりする。あの面々から離れるだけでも大変だったというのに。
ちなみに、強制送還されたタイミングと神崎先輩が代役で受け答えしていたということに関しては隠しておく。
聞かれなかったから、別にいいよね?
「そして、夏休みが過ぎて、二学期になった」
二学期に入ってからは、とにかく大変だった。
「聞いていなかったっていうのもあるけど、夏樹が来たのは完全に予想外だったんだよね」
まさか夏樹まで巻き込むとは思っていなかったから、どういうことだと問い詰めたのは記憶に新しい。
「文化祭の時には雛宮先輩たちと会って情報共有しましたし、後夜祭では巻き込まれましたし」
おい、顔を逸らすな。生徒会役員ども。
「修学旅行でもいろいろありましたし」
ちなみに、桜峰さんを助けるのが私よりも後だったこと、忘れてないからな?
「あと、獅子堂先輩が気にしそうだけど、誘拐騒動あったじゃないですか」
「……あったな」
あまり思い出したくないのか、先輩が顔を顰める。
「あれは、『イベント』だとだけ言っておきます。あの時巻き込まれたのは私でしたが、咲希だったとしても起きてました」
巻き込まれたのが私だったから、あの対処になっただけで、咲希であればもっと変わっていただろう。
「……どちらにしろ、巻き込まれるのは確定じゃねぇか」
「女神としては、咲希の方が良かったみたいですけどね」
ここで少しだけ喉を潤す。
誘拐騒動の説明を受けてもなお、納得できてなさそうな顔をしてくれるだけでも嬉しいですよ、獅子堂先輩。
「でも、咲希たちの仲が進展しないせいか、女神が手を出してきた」
夏樹の立ち位置が立ち位置だったから、術は掛けやすかったんだろう。
「正直、あれはヤバかった。他のこと、何も考えられなくさせられたからな」
経験者は語るというべきか、本当にそうだったらしく、夏樹が嫌そうに告げる。
「じゃあ、郁斗先輩の妙な行動も女神のせい?」
「妙な行動がどういうものかは分からないけど、いつもと違う行動していたらそうかもね」
私には断定するようなことは言えない。
だって、本来であれば、鳴宮君たちは桜峰さんを好きになっててもおかしくはないのだから。
「それで、二学期の終業式前に鷹藤君もこっち側の人だって知った」
「ああ。もしかして、その人が殴られた時がその時?」
「は?」
「え?」
後輩よ。せっかく飛ばしたのに、なぜ言うのか。
おかげで、そのことを知らなかった人たちが「殴った?」「何の話?」とばかりに目を向けてきたし。
「夏樹を殴ったのは個人的なことでだから、気にしなくていいよ」
まあ、殴ったのは明花だし、殴った理由が『雪冬さんのことを忘れていたから』なんて、本人の前で言うわけにもいかないから、追及はしないでほしいが。
「あとはご存じの通り、クリスマスパーティーとか年末年始過ごして三学期突入だよ」
端折りはしたが、弟のことは黙っておく。接点もなければ、余計な心配させる必要もないからね。
「そして、さっきの状況にまで至ります」
これで、話しておくべきことは全部のはず。
「それじゃ、ここまで聞いた上での質疑応答に行きましょうか」
まあ、一番質問数が多くなるのは桜峰さんだろうけど。
「だったら、順番に確認していく。みんなの話を聞いていて、何となくそうじゃないかなとは思ってたけど、御子柴さんが最初に言ってた『少女』は私のことですよね」
「うん。ぼやかしてても私たちイレギュラー以外の女子なんて貴女しかいないし、そもそも無関係な子の話なんてする必要は無いしね」
桜峰さんの問いに雪冬さんが肯定する。
「その時の『私』が見てたのが誰だったのか、教えてもらえますか?」
「それは無理かな」
雪冬さんが即答する。
「まあでも、貴女は何となく分かってるんじゃない?」
そう、分かってるはずなのだ。
先生の代わりに案内役をすることが出来る人なんて、限られてくるのだから。
だからこそ、桜峰さんも何も返してこなかったわけで。
「それにね。私の答え一つで、貴方たちの関係性が変わるのも嫌だから、別の聞き方をされたとしても、そこについては答えることは出来ない」
これまでの騒動が女神によるものだと分かった以上、どれだけその時の感情だけは別だと言われても、「実はこうなることも仕向けられていたのでは?」という疑問が出てしまう。
だからこそ、雪冬さんは誰なのかを言わないわけで。
「飛鳥も同じ?」
「そうだね。たとえ、女神の介入前後で同じ人を選んでいたとしても、そこに至るまでがどうであれ、咲希が抱いた気持ちには変わりないだろうし、無視することも出来ないでしょ?」
「……うん」
「少なくとも女神の介入は止まったわけだし、気持ちについては、ゆっくりとでも向き合えばいいと思うよ」
どの口が言ってるんだと思われるかもしれないけど、こっちだって向き合うことにしたんだから、許してほしい。
「それじゃ、僕からも質問を。水森さん、貴女のご友人はこの事をご存じで?」
友人……誰のことだろう。
奏ちゃんたちなら知らないし、風弥なら知っているのだが。
「半々ですね」
「え、話しちゃったの?」
「言ったのは、風弥にだけですよ。こっちにいたので」
「あー、彼ね。……って、え?」
私と夏樹を除き、風弥と関り合いがあるのが雪冬さんぐらいだから、何となくでも「居たなぁ」程度で思い出したんだろうけど、私の付け加えた部分に疑問を持ったらしい。
「後で説明するので、その点は追々」
「夏樹は……」
「まとめて説明します」
この一言で察したのだろう。
雪冬さんが何か言いたげな夏樹に目を向け、夏樹は夏樹で目を逸らす。
「まあ、私たちのことは横に置いておくとして。他に質問は?」
「皆さんは、この後どうするつもりなんですか?」
「この後……」と私たちは顔を見合わせた。
鍵で行き来出来る私たちはともかく、雪冬さんや雛宮先輩たちは元の世界に戻されることだろう。
「一応、私は卒業式まではいる予定。というか、夏樹もだけど帰れないのでは?」
「周回の終わりが卒業式までだからね。今回の周回担当者である水森さんたちには、卒業式が終わるまで居てもらわないと困るかなぁ」
神崎先輩に目を向ければ、そう返された。
「ん? ってことは、私たちは……」
「帰れなくはないけど、けど、居たいのなら居てくれても構わないよ。まあ、それも卒業式までになるけど」
どうやら、雪冬さんたちも卒業式までは自由に出来るらしい。
「でも、そうなると私たちの扱いってどうなるの? 雛宮さんたちは別の学校に通ってることになってるんだよね?」
雪冬さんはこの学校にずっと居たことに出来るだろうけど、雛宮先輩たちはそうもいかないだろう。
「そこについては申し訳ないけど、御子柴さんはここの三年生として。雛宮さんたちはとりあえず今いる学校を卒業してもらうしかないかな」
「まあ、そうなるよね」
「そうだな」
どうやら、雛宮先輩たちもある程度は予想していたらしい。
「あと、水森さんたちが望むなら、桜咲卒業まで居させることも出来るけど」
「あ、そこをどうするのかも決めないといけないのか」
「ただ、元の世界でも進路の問題は出てくるから、そこも含めて、になるけど」
進路、か。
「とりあえず、卒業式まで過ごしてから決めていいですか」
「うん。別に急がなきゃならないってわけでもないし。もしギリギリになっても、何とかして捩じ込むから大丈夫」
大丈夫……なのかぁ。
「その言葉、信じますからね」
とりあえず今は信じておこう。
もし駄目そうなら、新垣先輩に言えばいいし。
「えっと、つまりまだ一緒にいられる?」
「そうだね」
先程までの暗い空気はどこへやら、桜峰さんが嬉しそうな顔をする。
やっぱり、彼女には明るい顔の方が似合う。