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水森明花と最後のイベントⅣ(『彼女』の心の中)


 『私』は、そこ(・・)にいた。


 “精神干渉術式”を展開し、発動したことで、『神原(かんばら)愛華(あいか)』という人間の内側に入ることが出来た。

 まあ、私自体はというと――『精神体』になった、というのが正解なんだろうが。

 ふよふよと中途半端に浮かんでいるような感覚には慣れないが、とりあえずこの暗い中から彼女の意識を見つけなければならない。

 あまり長いこと時間を掛ければ、飛鳥(あすか)にも負担が掛かるし、私自身が消えかねない。


「――笑えない」


 そもそも、この状況に至るまでですら笑えないのだが、時間的猶予もないので、(くだん)の彼女を探していく。

 だが、どこに行っても暗く、広がる暗闇に目が慣れてくる気配もない。

 頼りになるのは、精神体として光を放つ自身の体のみ。


「どうにかしないと……」


 精神干渉してるから、これ以上何かで干渉するのだけは避けたい。

 とりあえず、じっとしていても時間が過ぎるだけなので、足を動かすことにした。


   ☆★☆   


 ――ああ、どうしてこうなったんだろう。


 何度目かになる自問自答する。

 家の近くだからと選んだけど、これから高校生になるんだと内心わくわくしていたし、新しく出来るかもしれない友達とかにも期待していた。けど――……


『ねぇ、貴女の身体、貸してくれない?』


 ふと、そんな声が聞こえた。

 でも、私の返事を聞くことなく、声の主は私の『中』へとやってきた。まるで、私の意志など関係ないとでも言いたげに。


「貴女、一体何なの!?」


 思わず語気強めに尋ねてしまったのは仕方がなかったと思う。


『私? 貴女が知る必要は無いでしょ。貴女は大人しく身体を貸せば良いだけよ』


 それだけのことしか返してもらえず。


『あ、そうそう。邪魔されても面倒だから――』


 そう言って、私は何とも説明のしにくい何かによって、心の奥深くで囚われることとなった。

 少しでも文句や反論したりすれば、何か(・・)が増えては、さらに拘束がきつくなっていく。今となっては、身動きが取れないほどだった。


 ――誰か気付いて、助けに来ないかな。


 そんな声など、届くはずがなかった。

 彼女は『私』として振る舞い、友人となった子たちはそれが『私』なのだと信じてしまう。

 これから出会う人たちは、友人たち以上に、さらに彼女が『私』だと信じてしまうんじゃないだろうか。


 ――嫌だ。


 本来なら、『私』が出会って関係を築くはずの人たちだったかもしれないのに……


 彼女の行動は、その目を通して、ずっと見ていた。

 彼女が偶然を装いながらも出会った桜峰(さくらみね)先輩の噂は前々から聞いていたから、まさか次は先輩の交遊関係にまで手を出す気なのかと思えば、やっぱりそうだった。

 中でも、水森(みずもり)先輩には申し訳なさしかなかった。

 彼女はひたすら、水森先輩を叩き落としたかったのか、先輩にダメージが入るやり方をしていった。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 事情を話せば私が謝る必要はないと言われそうだが、こうなってしまったのは、簡単に身体を奪われた私のせいでもあるのだ。

 現にこうして捕えられ、何も出来ないというのに、その上で謝罪するなと言われてしまったら、そもそも何をすればいいのだ。


 けれど、一つの希望も出来た。

 水森先輩が私から疑いの目を外さなかったことだ。

 疑いの目を向ける人は、今までにも何人もいたが、ここまでずっと疑いの眼差しを向けてくる人は珍しかった。

 だから、もしかしたら『私』にも気づくのかもしれないと思ってしまったのだ。

 結果として、先輩は気づいてくれた。


 『彼女本人』の身体ではなく、『私』の身体なのだと。


 それだけでも嬉しかったのに、今では助けようとしてくれている。

 もし叶うことなら、直接謝りたい。そして、今度は自分の言葉で、桜峰先輩たちとも話したい。


 だから、予想外だった。


「――ああ、やっと見つけた」


 この場所で、話しかけてくる人がいるなんて。


「暗い中ずっと彷徨ってたけど、それで見つけられたんだから良かった良かった」


 まるでわざと周囲に聞こえるようにそう告げているらしいその人は、何となく水森先輩にも見えるし、違うようにも見える。


「水森先輩……?」


 疑問を口にすれば、笑顔を向けられる。


「あ、こっちのことは認識できてるのか」

「……?」


 一体、何を言っているのかが分からない。

 そもそも、どうやってここまで来たのか。

 だって、ここは――……


「いくつかの疑問に答える前に、一つ確認してもいい?」

「何ですか?」


 一体、何を聞かれるんだろうか。


「貴女は『神原愛華』さんで合ってる?」

「え、名前?」

「うん」


 別のことを聞かれると思っていたから、思わず問い返したけど、どうやら本気らしい。


「あ、はい。合ってます。それで、何で名前……」

「一応、本人確認しておかないとねぇ」


 疑問に思いつつもそう返せば、目の前の人はうんうん頷きながら「良かった良かった」と言うだけで、こっちの疑問に答えてくれるような空気でもない。


「じゃあ、次。もし、その巻き付いている奴が取れて、身体を取り戻せるとしたら、取り戻したい?」


 ……!?


「それは……!」


 出来れば、返してもらいたいが、それが出来るのなら、もうとっくにやっている。

 それが出来なかったから、さらにこうして拘束が増やされてしまったわけなんだけど。


「じゃあ、諦めるの? 自分の身体」

「それは……嫌です。でも、どれだけ抵抗しても、あっちが強いのか、上手く行かなくて」

「なるほど、結局は力の差ってわけか……」


 目の前で思案するその人を見ながら、私も考える。

 私自身と、身体に入ってきた彼女。

 他人の身体に入れるほどなんだから、弱いはずがない。

 そして、目の前のこの人も……


「って、そもそも、貴女は誰なんですか」

「ん、私?」


 今更な気もしなくはないが、こうして話しているってことは、この人も私の身体に入ってきてることにならない?


「私は――あー、自己紹介は最後にしておきたいし、目的から話してもいい?」

「まあ……」


 気にならないといえば嘘になるが、目的が聞けるのならいい……のか?


「私の目的は、貴女をここから助け出して、身体の主導権を取り戻してもらうこと。そうすれば、貴女は女神を追い出せるし、あとはこっちに任せてもらえるとありがたいってとこなんだけど……」

「……取り戻せたら、苦労しませんよ」

「だよね」


 そう言いながら、目の前の人はぺたぺたと私を包む触手のようなものたちに触れる。


「気持ち悪くないんですが?」

「気持ち悪くても、触らないと分からないこともあるからね」


 ちなみに、毒とかについては、私にこれといった状態異常が見られないから、触れても大丈夫だと判断したらしい。


「解こうと思えば、解けなくはなさそうだけど……」


 目の前の人の視線が、触手のようなものたちから、こちらに向けられる。


「貴女が抗ったら、逃がさないようにしてきたんだよね?」

「はい」

「……」


 再び視線が触手もどきたちに向けられる。

 この人が一体、何を考えているのかは分からないが、一つわかるのは、この触手もどきたちをどうにかしようとしてくれていることだけだ。


「――君たちは何が目的だ? 彼女をどうしたいんだ? この身体のことを思うのなら、彼女を解放した方がいいとは思うが、それは不可能なのか? それとも、解放できない理由があるのか?」


 触手もどきに触れながら、次々と尋ねていくその人に、触れられていた部分の触手もどきたちがもぞもぞと動く。


「やっぱり、彼ら(・・)をどうにかするにしても、ネックなのはアレ(・・)か……」


 触手もどきたちを『彼ら』、侵入者の彼女を『アレ』と呼ぶようになった目の前の人が、再び考え始める。


「神原さん」

「あ、はい」

「今までよりも強く強くイメージして」


 そして、目の前の人に言われたのは、高校生になってからやりたかったこと。これから、やってみたいことを強くイメージすることだった。


「これだけは、諦めきれない。自分が、この先の未来でやりたいことをひたすらイメージして、想いを乗せて」


 そう告げられ、次々とイメージしていく。


 ――高校での、新しい友達を作る。

 ――友達たちと出かける。

 ――バイトをしてみる。

 ――恋愛をしてみる。


 高校だけではない。その先の未来の分までイメージする。


 ――高校を卒業する。

 ――大学に行ったり、就職したりする。

 ――結婚する。


 私にはまだ、これだけやってないことがあるのだ。乗っ取られたまま、終わりたくはない。


「――全ては、想像なんかじゃなくて、自分の身体で行うために」


 目の前の人から光が溢れ始める。


「たくさん、たくさん想像しなよ。今ならまだ『なりたい自分』になれるし、『やりたいことも出来る』でしょ?」


 その言葉と共に、彼女の目を通じて見えていた世界が歪み始めるのと同時に、触手もどきたちも崩れ始める。


「この世界は貴女のものだからね。肉体との繋がりを持つ貴女の精神を、下手に切り離せばどうなるか分からないから、貴女は残された」

「……」

「けど結果として、本来の持ち主である貴女が解放されたことで、女神は出ていかざるを得なくなった」


 おかしな話だとばかりに、目の前の人は話す。


「さて、私も早く戻らないと大変なことになりそうだから戻るね」

「ちょっと待ってください。結局、貴女は誰だったんですか!」


 そのまま名乗らずに出ていかれても困る。


「聞かなくても、貴女は知ってるはずだし、何となく分かってるんじゃない?」

「……だとしても、本人から聞かないと意味がありません」

「真面目だねぇ」


 そう言いながらも、目の前の人はくるりと正面から目線を向けてきた。


「時間がないから手短になるけど、ごめんね。私は――水森飛鳥(・・)。もし、きちんと意識が浮上できたら、また挨拶してね」


 それじゃと、目の前の人――水森先輩は消えていった。

 けれど、だからといって全てが終わったわけじゃない。

 『彼女』を通して見えていた世界は、今では完全に閉ざされたことで、何も写っていない真っ暗な映像のようになってしまっている。

 先輩は、身体と精神は繋がっていると言った。

 ただ、何となくいろんな感覚とかも戻りつつあるから、この感覚を伝っていけば、おそらく元に戻れるんだろう。

 どうやら、先輩との約束は守れそうだ。


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