鷹藤晃と桜峰咲希たちは対峙するⅢ(そして、辿り着く)
今回は、鷹藤晃視点、桜峰咲希視点、三人称です。
それは、いきなりだった。
何をしても壊れないはずの背後の結界が壊れたのである。
「うそ……」
「何で……」
桜峰を捕まえた二人が驚いているのを見ると、想定外だったのだろう。
けれど、これで――
「っ、そう簡単に行かせるわけにはいかないの!」
旧校舎の教室を出ようとすれば、当然遮るかのように、一人が仕掛けてくる。
でも、こっちに相手をしている時間など無い。
「先輩たち、ここは頼みます」
「は?」
「いや、ちょっ待――」
先輩たちに丸投げ――押し付けるかのような形になってしまったが、水森の方も気になるので仕方がない。
それに、桜峰の拘束を解くぐらいなら、残った面々に任せても問題ないだろう。
だから――
「何とか生きてろよ、水森」
夢見が悪い状況だけは止めてくれと、必死に足を動かした。
☆★☆
はらりと、私を縛っていた縄が落ちる。
縛っていたと言っても、そこまできつい拘束ではないので、痕が出来てるなんてこともなければ、解くのにもそんなに時間が掛からなかった。
「それじゃ、早く行こう」
「行くって、屋上に?」
確認してくる蓮くんに頷く。
「飛鳥を一人で戦わせるわけにはいかないから」
そのまま私を捕まえた二人を放置して、屋上に向かう。
正直、放置するのもどうかと思ったが、友人一人を失うことよりも優先するべきかどうか問われればノーである。
「ほら、郁斗くんと御子柴くんも行くよ」
特に引っ張っていかないといけない二人を連れていかないといけないのである。
どのぐらい時間が経ったのかは不明だが、ちんたらしている場合ではないのだ。
「――行かない」
だから、拒否の言葉に、動きを止めざるを得なかった。
「え?」
今、何て言った?
「いや、行けないんだ」
何を言ってるんだろうか、彼は。
「あいつを助けるためには、まだ手が足りないから、その人たちを連れてくる」
そう言うと、御子柴くんは別方向に走っていってしまった。
「……まあ、人員が増えるのなら……」
良いことなのか? という疑問はあるが、とりあえず御子柴くんの連れてくる人たちが戦闘系異能の持ち主であることを祈る。
もし、戦闘系であれば、その力を少しでも借りられるだろうから。
そうと決まれば、行動は早かった。
ただひたすらに足を動かしていれば、先に旧校舎を出たはずの晃くんに追い付いてしまった。
「晃くん!」
「桜峰。お前も来たのか」
他のみんなはともかく、私が来るのは意外だったらしい。
「うん。多分、私が来た方がいいと思ったから」
何となくだけど、蚊帳の外にいない方がいい気はするから。
「……そうか」
どうやら、晃くんも止めるつもりは無いらしい。
「まあ、桜峰がいた方が意外と事態は好転するかもな」
「え?」
何の話かは分からないが、少しでも良い方に転ぶのであれば協力しようではないか。
☆★☆
桜峰咲希たちと鷹藤晃が合流し、一行は怒られない程度の速度で屋上を目指した。
そして、そのままの勢いで、屋上へと突入する。
「飛鳥、無事!?」
咲希たちが知る限り、相手が誰なのか分からないため、辿り着いた第一声が、飛鳥の確認になってしまったのは仕方がないことだろう。
けれど、咲希たちが見たのは、後輩である神原愛華の上で剣を振り上げている飛鳥の姿。
しかも、剣を振り下ろさせないように雪冬がその手を止めていたことに、鷹藤は驚いた。
(雪冬先輩……)
先にこの場に来ていたことへの驚きと、やっぱり結界が解けたから出てこられたという安堵。
とにもかくにも鷹藤にとって、御子柴雪冬という人間が加勢してくれていることに、嬉しいことこの上なかった。
一方で、咲希たちが来たことに気づいた神原愛華こと女神は、大きな声で助けを求めた。
「助けて、咲希先輩!!」
後輩が助けを求めているのである。優しい咲希なら、助けてくれるはず――そんな目論見だったのだが、彼女の予想通り、咲希は行動した。
「っ、飛鳥。どいて」
「……」
「お願いだから、どいて」
半分キレてるかのような状態の飛鳥に、その声が届くかどうかは分からなかったし、その目に怯えながらも怯むことはなく、咲希は飛鳥に告げた。
「飛鳥は理由もなく、こんなことしないよね。何があったの」
飛鳥から解放された愛華を守るように抱き締めつつ、そう問う咲希に飛鳥は答えなかった。
その目に宿る怒りを感じ、これでは埒が明かないと、咲希は矛先を変えることにした。
「愛華ちゃん」
「はい、何ですか……?」
「一体、何があったの。飛鳥が答えてくれないから、愛華ちゃんに聞くしかないんだけど」
つまり、愛華に問うことにしたのである。
「分かりません。いきなり、先輩が襲ってきて……おそらく、私が何か気に障ることをしたんだと思うんですが……」
あくまでも、心当たりがない風に告げる愛華もとい女神に、「そう」と咲希は返す。
一方で、雪冬にこっそり近づいていた鷹藤も似たような話をしていた。
「神原の中身が女神だから……だけでは無さそうですね」
「というか、女神が飛鳥ちゃんの触れてほしくないところに触れちゃったんでしょ」
でなければ、飛鳥が――明花までもがあそこまで荒れるはずがない。
「それはそうとして……出られたんですね」
「まあね」
そう返しながらも、雪冬はちらりと役員たちに目を向ける。
「……いない、か」
夏樹がこの世界にいることは知っているが、姿が見えないことを考えるに、別行動中なのか。それとも、この状況なのを知らないのか。
「先輩?」
「いや、何でもないよ」
ちょっとした疑問は数あれど、とりあえず横に置いておくとして、今はこの状況をどうにかしないといけない。
いつまでも、雪冬が飛鳥の手を止めておけるわけではないのだから。
「――貴女は?」
だから、まさかこちらに話しかけてくるとは思わなかった。
「飛鳥の手を止めてくれている貴女なら、何か知ってるんじゃないんですか」
「ごめんなさい。言いたいことは分かるけど、私も貴女たちと同じように、この子が斬りかかろうとしてるタイミングで止めただけだから、何でこうなったのかは分からないの」
まるで用意していた答えを口にしているかのように、あっさりと返す。
実際、その通りなのだから間違ってはいないのだが、雪冬としては理由を知っていたとしても、話すつもりはなかったが。
「ああでも、この子が触れてほしくないところに触れたからっていうのは分かるよ。そうじゃなきゃ、ここまでキレないだろうし」
雪冬のそんな追加情報に、余計なことを言うなとばかりに愛華が睨み付けるが、距離もあってか雪冬は肩を竦める。
「そうですか」
そして、雪冬の答えが嘘なのか本当なのかを見抜くのは、彼女と関係が浅すぎる咲希には無理なことだが、とりあえず咲希は一つの情報として判断したらしい。
「……わざとですね?」
「もし、こっちに攻撃してきても、私が飛鳥ちゃんの手を離せばいいだけだからね」
呆れたような鷹藤の言葉に、雪冬はそう返す。
雪冬の考えでは、もし何らかの攻撃をされたところで自身の能力と飛鳥の反応速度で対処可能と判断したからである。
「飛鳥。お願いだから、それを下ろして。それが無理なら、事情を話して」
「……」
現状、黙りっぱなしの飛鳥と話し続ける咲希のやり取りは続いているし、見守る役員たちも手が出せる空気ではない。
「先輩……」
そんな中、愛華はというと咲希の腕の中で不安そうにしながらも、飛鳥に対してはニヤリと笑みを浮かべていた。
――咲希がいるために、手が出せないだろうとばかりに。
それに対し反応したのか、剣を握る手に力が入ったことを理解した雪冬が「飛鳥ちゃん」とこっそり声を掛ける。
飛鳥とて分からないわけではない。現に女神の発言は間違っていないし、咲希がいても攻撃できるのなら、もうとっくに行動に移している。それが出来てないからこそ、彼女の発言を肯定していることを示してしまっていることを。
「――事情。事情ね」
ポツリと、飛鳥がようやく見せた反応に、咲希は「うん」と頷く。
飛鳥の性格上、そうすぐに事情を話してもらえないとは思っていたから、咲希としては今話してもらえるのなら有り難かった。
けれど、咲希が望んでいた答えとは別の答えが、飛鳥から返ってきた。
「じゃあ聞くけど、咲希はここに何しに来たの?」
「え……」
愛華をどうにかしたい飛鳥ではあるが、咲希がいるから、どうすることも出来ない。
けれど――やるべきことは簡単なことで。勝負の再開にしろ、仕切り直すにしろ、咲希に退いてもらえればいいのである。それ故の問いであった。
「私を助けるため? それとも、その子を助けるため?」
「……」
何の感情も浮かんでいないかのような目を向けられ、咲希は戸惑った。
この場に来たのは、飛鳥を助けるためだった。
だが、いざこの場に来て、目に飛び込んできたのは、剣を手にした友人が、その切っ先を後輩に向けているという状況だった。
「何で二人が?」と何よりも信じたくない状況ではあったが、ひとまず愛華を助けることを優先した。愛華の声もあり、そうするべきだと判断して。その上で、事情も聞けるはずだと。
「私は……」
けれど、結果は見ての通りであり。
「ここに来て、その目で見たのなら、全てを言わなくても、何となくでも察してるでしょ」
水森飛鳥の相手にして、女子二人に協力させて、面々を結界内に閉じ込めたのが、一体誰なのか。
「っ、たとえそうであっても、私は二人に戦ってほしくない」
それは紛れもなく咲希の本心だったのだが、たとえそれが本心だったとしても、飛鳥に愛華を――女神をそのままにするという選択肢はない。
「咲希はそう言うけど、こっちはそうもいかないんだよ」
頼まれたのもあるが、やってることがやってることなので、一度痛い目を見せなければならない。
「だから、もう一度言うよ。そこ、退いてくれない?」
怒気も何もない。ある意味、普段通りにも聞こえる声色で、飛鳥は咲希に告げる。
「……ごめん、愛華ちゃん」
「咲希先輩……?」
咲希の様子に、愛華の表情が不安そうなものになる。
「私じゃ、駄目みたい」
どう足掻いても、飛鳥に剣を下ろさせるのは無理だと、咲希は判断した。
自分が説得すれば、いつも通り、やれやれと言いながらも剣を下ろしてくれるかと思っていた。
けれど、そうしないほどに怒っていたのだろう。飛鳥の背後に立つおそらく先輩――雪冬が止め続けないといけないほどに。
友人だとか、親友だとか。その関係性で止められないほどに、この後輩は飛鳥の地雷を踏んでしまったのだと、咲希は判断した。
とはいえ、愛華の側から離れるということはしない。さすがに、後輩を失うわけにもいかないし、友人に手を掛けさせるわけにもいかないから。
「だから、謝ろう? 飛鳥としてはこっちが理由も分かってないのに謝られたくはないだろうけど、それでも何度も謝って、許してもらおう」
飛鳥の怒りに関しては、別に愛華が悪いわけではないが、お互いの心証のためである。
せめて謝ったという事実があれば、次会った時に少しはギスギスしなくてもよくなるかもしれない――そんな希望のためだ。
けれど、愛華は違ったらしい。
「でも私、悪いことしてませんよ。何も悪いことしてないのに謝らないといけないの、おかしくないですか?」
「それは……」
「それに、きっかけは私でも、勝手に怒ったのは飛鳥先輩ですよね? だったら、私が謝る必要は無いはずです」
言い淀む咲希に、愛華がちらりと飛鳥へと目を向けるが、そこには当然というべきか、怒りを通り越して、絶対零度の表情を向ける飛鳥がそこにいた。
しかも、その表情を咲希も見たのか、その場で固まるほどだった。
「……先輩」
「駄目ね。あと少しで解決しそうだったのに」
見守っていた雪冬は呆れ混じりに息を吐いた。
狙っていたのか、あえてなのかは分からないが、愛華はこのまま終わらせるつもりはないらしい。
「それに――」
そんな呟きと共に愛華を中心に風が吹き荒れ、咲希を吹き飛ばす。
「――私はたとえ、先輩に何を何回どう言われたって、私は謝りませんし、謝るつもりもありません」
それはある意味、愛華の意志表示だった。
「咲希!」
「っ、愛華ちゃん!」
一方、咲希が吹き飛ばされたこともあってか、ようやく役員たちが動いたが、当の咲希は愛華に目を向けたまま、彼女の名前を呼ぶ。
「うぅ……ああもう、何で上手く行かないかなぁ……」
そんな咲希を無視して、がしがしと苛立ちからか頭をかく愛華だが、彼女の中で一つの結論が出たのか、その目が飛鳥たちに向けられる。
「ああ、そっかぁ……あんたたちイレギュラーのせいかぁ。やっぱり、イレギュラーはいらないよね」
咲希の前で猫を被るのは止めたのか、憎き敵を前にしたかのように、飛鳥たちを目掛けて愛華は風の刃を放つ。
だが、雪冬の手が外された飛鳥がリーデイングラインを振り、遮ったことで、背後にいる二人へ被害が出ることはなかった。
「……雪冬さん、役員たちの方は頼んでも?」
「別に構わないけど、そうすると飛鳥ちゃんたちがあの子の相手をすることになるけどいいの?」
「最初からそのつもりなので、問題ないです」
雪冬と会話しつつ、飛鳥は自身の相棒を握り直す。
おそらく戦闘という面においては、能力的にも飛鳥たちが適任ではあるのだが、そもそも、咲希たちが来る前から相手していたのだ。今さら誰かに任せる気もない。
「二人とも、死んじゃ駄目だからね」
相手は仮にも神だからという意味で、雪冬は忠告したのだが、飛鳥たちとしては過去の経験もあってか、確実に死を感じるレベルには至っていなかった。
「死にませんよ」
そう、簡単には死ねない。
「だってまだ、エンディングを見てませんからね」
咲希たちが迎えるエンディングも、彼らが手に入れるであろう未来も、全部まだ見てないのだから、それを見るまで終われないのだ。